今年の夏は「cure jazz」

もうすぐ夏も終わりだよね。
自転車で駅まで行く間、下をよく見ていないと、落ちているセミの亡骸を避けることができません。
21世紀になって以来水着になったことがない記録を今年も更新。
それでも夏らしい思い出もあって、日焼けもして、それなりに楽しめたかもしれない。

a0028078_212636.jpgここ数年、この時期よく聴いていたナンバーが、夏の暑さの皮膚感覚とリンクして記憶されてるんですよね。
今年の夏はといえば、これですよ。UA × 菊池成孔「cure jazz」。
ジャズを歌うUAの、なんて色気のあることか!伸びやかなのに、抑制ある余裕の中で彩られる、表情豊かな声。歌うことの幸福感みたいなものが押し寄せてきて、エキサイティングなのに妙に落ち着くの。ああ、だから「Cure Jazz」癒しのジャズなのかな。

アルバムの半分はジャズ・スタンダードなんだけど、斬新なアレンジ。半分は菊池さんのオリジナル。ジャズってこんなにカッコよかったんだ!と再認識させられるような演奏です。ノリが分かる年齢になったってこと?いやいや、このセンスは、アーティストの才ですね。音が心地いいんですよ。サックスがカッコいいんですよ。煙草のけむりと洋酒の匂いが漂うムードなのに、音がすごくクリアーなので、ダーティな雰囲気ではないんです。

ジャケットがたまらなくカッコいいっす。
iTune Music Storeから購入できますよ。聴いてない人は、視聴してみて。

@でもね。「Over the rainbow」の"間"は、僕にとっては心地よくなかった(^^;
自分って短気なんだなーってつくづく思いました。
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  # by tzucca | 2006-08-23 02:01 | → iPod

WOWOWで観た「NANA」

ついつい長文の映画レビューがつづいてしまいました。
ここでちょっと息抜き。
今頃なんですけど、WOWOWで「NANA」を観ました。

大ベストセラーの原作を読んでないんだけど、
映画としてけっこうよくできていましたね。
丁寧にエピソードを積み重ねて、ありがちなバンドもの、恋愛青春映画
からきちんと1歩抜け出した世界観ができていました。
今の自分の立ち位置が見えない不安が、ちゃんと描かれていて、
軸がNANAとハチの友情からぶれなかったのがよかった。

中島美嘉の存在感が光ってたなぁ。
男前な女、なんだけどつきあいにくい偏屈さがない。
強がる女をイタイ子にならず、すごく自然に中島美嘉が演じていた。
(たぶん、役者が演技したんじゃ、あの雰囲気は出ないだろうな)
コミックの実写化としては、奇跡的なリアルさなんじゃないかな。

俺ね、バンドものってけっこう好きなんですよ。
バンドができあがっていく過程、曲ができていく過程とか
すごくワクワクしちゃうんだよね。
NANAが歌詞を適当に乗せて歌う「GLAMOROUS SKY」のシーン
がすっごくカッコよかった!
そして完成した「GLAMOROUS SKY」を歌うライブ会場が、
横浜ベイホールなんだよね。
昔ここのステージで踊ったから、妙に愛着あるんだ、あの空間に。

@後日談
原作の「NANA」を映画化されたあたりまで読んでみましたよ。
映画でいいなと思った部分のほとんどは、原作通りだったんだね。
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  # by tzucca | 2006-08-21 01:38 | → MOVIE

映画「ユナイテッド93」

a0028078_053133.jpg歴史は、9.11を境にして、それ以前、以降と分けて語られるようになった。
環境映像のように固定カメラで映し出された黒煙をあげるワールド・トレード・センター。そこに2機目の飛行機がつっこむ瞬間を、僕はテレビでリアルタイムに観ていた。何が起こったのか?そして、繰り返されるすでに知ってる情報が更新されるのを、固唾をのんで見つめていた。
そして崩壊をはじめたワールド・トレード・センターを観て、誰もが思ったはず。「まるでハリウッド映画のようだ」と。

すでに何本かのドキュメンタリーがテレビ放映や公開されていますが、ハリウッドが真正面から9.11を描いた作品が続けて公開されます。このポール・グリーングラス監督の「ユナイテッド93」、そしてオリバー・ストーン監督の「ワールド・トレード・センター」。
9.11以降アメリカ政府がとった行動から、アメリカの愛国心に訴える英雄を讃える映画では?と思ってしまうのは、僕だけではないはず。

僕が「ユナイテッド93」を短い夏期休暇中に観たい1本に選んだ理由。
仕事中に時々聞いているJ-waveの番組でこの作品が紹介された時「とにかく描写がフラットであることに驚いた」というコメントに心が動かされたから。そして未見ではあるんだけど、北アイルランドの公民権デモを描いて高い評価を受けた「ブラディ・サンデー」(U2にもこの事件を題材にした曲があるよね)を作ったポール・グリーングラス監督作品であることを知ったから。

この作品は、9.11でハイジャックされた4機のうち、目標に達することなく墜落したユナイテッド93便で、なにが起こったのかを再現するドキュメント・ドラマです。生存者が誰もいないので、93便の中で起こったことを再現しようにも真実は分かりません。乗客が機内電話や携帯で家族に語った内容、管制センターで追っていた情報から、制作者は<真実を描くことの意義>なくして鎮魂の礎になり得ないという意図で、ハリウッド映画的なドラマティックな演出を徹底的に排除して現場を再現しています。

ユナイテッド93便は、乗客がテロリストの企てを阻止した勇気が讃えられて、その時のかけ声「レッツ・ロール」がプロパガンダとして利用されてきました。ハリウッド映画であるなら、高揚した音楽とともに決意の表情をした男にカメラがトラックアップして、張りのある声で「レッツ・ロール」が出るだろうことは想像できるのですが、この作品でこのセリフは、バタバタとした状況の中でかき消されてしまうので、よほど注意深く音を聞いていないと分かりません。僕も、観る前にその情報があったから気がついたので、ここに書いておきますよ。
本当に、描写がフラットなんです。

フラットであることは、アルカイダのハイジャック犯の描き方に対しても、乗客や管制センターで働く人と同じ目線でカメラを向けていることにも言えます。9.11以降のアメリカでは、イスラム教徒というだけで、イコール、テロリストと決めつける人が多いとモーガン・スーパーロックの番組で言ってました。犯人に対するここまで冷静な目を保てるというだけでも、この作品が政治や商業的な思惑から離れて制作されたことが分かります。
管制センターに登場する人たちの多くは、当人がかつての自分を演じているのも、彼ら1人1人にとってこの映画に出ることの意義を感じてのことなのでしょう(エンドクレジットで、as himself となっているのが当人出演の人たちです)

慌ただしい管制センターで、レーダーとにらめっこしながら誘導指示を与えるスタッフが、アメリカン11便のコックピットからの音声を聞いて「ん?もしかして?」とハイジャックの可能性を言葉にします。
やがてアメリカン11便がレーダーから消えます。ニューヨーク市の上空で。「どうしたんだ?」
演習のために空のスケジュールを管制センターとやりとりしていた軍のコントロールセンターで、「CNNを観てみろ!」という声で前面パネルに黒煙をあげるワールド・トレード・センターの映像が映し出されます。なにが起こったのか、誰も把握できてないんです。目の前の現実と、全体の出来事がリンクしてこないのです。
彼らもCNNを観ていた、というのがショッキングではありました。もっと詳細な情報が行き交っていたと思っていたのに、事態の把握ができずに情報だけが混乱して、TVを観ていた僕らとたいして変わらない状況だったんだ…と。

そして悲しいのは、1機目がワールド・トレード・センターに突っ込んだ時には、ユナイテッド93便はまだ離陸してなかったこと。出張や旅行などそれぞれの目的で乗り込む、いつもと変わらないフライト風景。異様に緊張した気配で乗り込む数人の犯人たちを除いては。
ここからは、まるで自分が93便に乗っているかのような錯覚に陥る、生々しい映像が続きます。
まさか!という思いと何が起こってるか分からない不安。やがて、機内電話で家族と会話していた乗客から、外で何が起こっているかが機内に伝わってきます。ただのハイジャックじゃない。自分たちは生きて帰れない。みな、電話で家族にメッセージを伝えます。愛していたと。みな口々に、愛していたと。カメラは客観的な目線でなく、そこに居合わせている人の目線で映像を拾っていきます。
僕らは、彼らが何をしようとも、待ち受けている運命を、結末を知っています。
未来を見てしまう能力があるとは、こういうことなのか、と思ってしまいました。それで、運命を変えられるのならいいのに、そうはならない。辛くなってきます。せめて、最後まで彼らがしたことを見届けたいというキモチになってきます。

軍の上層部がユナイテッド93便のハイジャックを知ったのは、墜落してから4分後のこと。
(他、いくつかの報告が文字情報でエンドロール前に現れます。これらの真偽については、コメントがいくつか寄せられているので、そちらもどうぞ)

これはもう、映画の感想じゃないですね。でもこの作品は、映画の完成度やら脚本の見事さや役者のすばらしさを語るシロモノではありません。遺族や関係者の証言などから再現された真実を受け止めてあげる、それが観客の役割なのです。
こういうカタチでこの題材を1本の映画に仕上げた、ポール・グリーングラスという映画作家の力量には目をみはるものがありました。
「ブラディ・サンデー」も観なくては!と思ってきます。

エンドロールが流れる間、ラストシーンの絶望感からくる心臓のドキドキがおさまるのをじっと待っていました。クレジットが流れ終わって、劇場の照明がつくまで間、スクリーンには「ユニバーサル・ジャパンに遊びにきてね!」のユニバーサル映画のお約束画面が映っていました。この違和感たるや!


「ユナイテッド93」 2006.8.14 TOHO CINEMAS 六本木ヒルズ Screen4

「ユナイテッド93」公式サイト
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  # by tzucca | 2006-08-21 00:43 | → MOVIE

「ゲド戦記」を観た感想

巨匠・宮崎駿監督を父に持つ宮崎吾朗監督の第一回作品。
宮崎駿監督作品のような極上な映画体験には及ばず、
表現の固さと引きこもった心によって、青くて甘くないバナナのような作品でした。


そりゃね、初監督作品ですから、表現の"固さ"は当然あるだろうし、いきなり極上の映画体験ができちゃったら、実はお父さんが監督した?って思われちゃうだろうし。
ジブリの将来を担う若き才能の誕生を楽しみにはしていたんだけど、しがらみが大きすぎたんだろうなー。美しい画面から、外に向かうパッションやエモーショナルな部分が伝わってこないんだよねぇ。それは、主人公アレンの性格そのままに、引き籠もりの心理状態みたいな演出だったからなんだけど。もし、強いオーラを発散してきたこれまでの宮崎アニメタッチでなかったなら、こんなギャップは感じなかったかもしれない。"宮崎駿"からもっと離れた作り方であれば、自分の殻に閉じこもったリアルさを欠いた心が、1つ1つリアルを肌で感じて取り戻していくデリケートさを表現できたかもしれない。
原作を読んでいない僕だけど、映画としてここはもっと良くなるはずなんじゃないか?と思いながら画面を観てしまうところが多かったんだ。映画自体が引き籠もってるんです、とにかく。

とはいっても、ブランド力のあるジブリ作品。画のクオリティは、さすがです。舞台となる街、自然、動物の描写は、愛おしくなるほどよく描けてた。NHKの深夜によくオンエアしている、世界の歴史ある街や土地をハイビジョンで淡々と紹介している番組を観ているようでした。すなおに「ステキだなぁ」と。
イマドキのアニメにあるような3DCG的構図ではなく、実写的な構図とカット割を意識しているところに好感が持てました。

キャラクターといえば、ハイタカ、クモ、ウサギの3人がいい感じ。
ハイタカは、父親の象徴的存在として、菅原文太の声とあいまって存在感がありましたねー。宮崎駿作品には、こういう父親的存在っていなかったんだよね。これは父を見てきた息子だからこそ描けた部分だと思う。父親的、という言い方をしたのは、それがユングが言うところのシンボルとしての父親に近いなぁと思ったから。実際この作品では、アレンの「影」が登場したり、ユング的な匂いが散りばめられていたし。
そして、生に固執するあまり悪の存在と化してしまう魔法使いクモは、素直にこういうキャラが好きなのと、ラストの崩壊する姿がよかった。ムンクの絵のようなタッチになっちゃったりしてさ。「ハウル」の荒地の魔女のように、終盤で姿形をただの老女に変貌させちゃうのが、ジブリの得意技に加わったみたい。
ウサギは、旧ルパンを思わせるアニメーター大塚康生氏のタッチで、アニメ的に動かしやすいキャラクターでしたね。バランス的にこのキャラにここまで生き生きした役回りが必要だったか?とは思いましたが。

オトナはともなく、主人公となる少年少女のアレンとテルーは弱かったなぁ。
画はキレイなだけじゃ生きてこないんだって、よーく分かりました。宮崎駿氏の作品では、感情や表情をキャラに与える部分で、駿氏が八面六臂に力量を発揮していたんだろうことが、分かってしまった感じです。

いつも沈みこんでるアレンは、ストーリーを前に進める役目を果たせていませんでした。
冒頭で父親の王を殺さねばならなかった理由が、突発的な衝動からだったという罪の薄さは、「死が訪れるからこそ限られた生を精一杯生きる」というメッセージへ映画全体が導いていく足かせになってるんだ。大仰なメッセージの台詞が、すごく薄く感じるの。
父から魔法の剣を奪って逃げたのも、そういう行動をとった理由が希薄。持っていた剣は父を刺すのに使っちゃったので、かわりの護身用武器が必要というとっさの判断からってことなのかなぁ。後半の展開に必要だったから、という構成の必然性のためじゃないよね?
アレンの分離された「影」の存在は、この作品にいくつか登場する"子供が観てわかりにくい部分"の1つ。原作では別のカタチで登場するものをここに持ってきたようですが、ユングに興味を持つような若い映画作家なら、一度はやってみたいモチーフなのは分かるんです。そこをもっと深く描いていたなら、アレンというキャラがもっと生きてきたように感じるのです。「影」に怯えてそこから逃れるホラー的描写だけでなく、なぜ「影」が別に存在しているのかをセリフでなくビジュアルで分からせて欲しかった。

対して、<名を奪って人を支配をする>という「千と千尋の神隠し」でも登場したマインドコントロール部分は、バランスよく描けていたと思う。なぜ?と思うよりも、古来よりそういうものなのだと理解しちゃえばいいんだよね。

映画ではクモを倒すことで物語の結末をつけているけど、冒頭に描かれる「世界の均衡が崩れている」ことの解決には至っていません。それはクモ1人のせいではなく、もっと大きな規模での話。ハイタカが旅している目的はまだ何も手がかりがない。大きな流れの中のほんの一部分であるこの作品に、サブタイトルなしの「ゲド戦記」というタイトルはどうなのだろう?と感じずにはいられませんでした。
原作を読んでいる方、どうなの?


「ゲド戦記」 2006.8.14 TOHO CINEMAS六本木ヒルズ Screen2

スタジオジブリ「ゲド戦記」公式サイト
スタジオジブリ:ゲド戦記・制作日誌
スタジオジブリ:ゲド戦記・監督日誌
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  # by tzucca | 2006-08-20 01:12 | → MOVIE

2006花火大会:東京湾大華火祭

8月13日:東京湾大華火祭
悪天候で順延開催となった、東京湾の花火大会。
昨年は花火がスタートする直前に夕立だったけど、今年は開催日の昼間っからすごい雷雨。多少の雨なら花火はやれるけど、雷がやばかったのかな。

順延されたことで、この日は〈葛西臨海公園でBBQ〉→〈晴海埠頭で花火〉と朝からずっとアウトドアを楽しむという珍しいことに。
葛西臨海公園ではすっごく暑かったのだけど、午後の半ばすぎの晴海埠頭は例年に比べてずいぶん過ごしやすい暑さだった。前日の雨で地面の熱が冷やされたせいかな。東京湾の花火が、夏の花火大会シーズンのラストだから、これが終わると夏ももうすぐ終わるなぁと寂しくなるんだよね。

東京湾大華火祭は、晴海の第一会場で見ないとね。ここは入場整理券をゲットしないと入れないから、必要以上のスペースを占領する場所取りがなく、開場とともに場所をとればいいので気が楽です。順延開催ではあっても、人は多かったなぁ。
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東京湾大華火祭の担当煙火店は、毎年丸玉屋さんとホソヤエンタープライズさん。2カ所からタイミングを合わせてそれぞれの煙火店さんが打ち上げるので、視界に入る左右の玉の特徴が違うんですよね。それが、この花火大会の特徴です。
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江戸川の花火を体験したあとだと、どーしても構成が大味に感じちゃう。それでも、レインボーブリッジやベイエリアの東京夜景を背景に、大玉が打ちあがるスケール感はキモチがいい!
ちまちまとした連発よりも、ズドンと音が腹に響く大玉が、天高く上って開くのにワクワクしちゃうね。フィナーレの金冠がどんどん上空高く打ちあがっていくのは、ほんとにダイナミックでした!

花火大会の終了とともに、素早く荷物をまとめて撤収!
晴海から本土に戻るのには、いくつかのルートしかありません。晴海通りに出て勝鬨橋を渡るにしても、豊洲や勝どき駅へ行くにしても、人の多さで延々とのろのろ歩くことになります。晴海トリトンで時間を潰してから帰るのがいいかもです。ぼくらは、、別のルートで本土に渡ってますけど。


a0028078_139897.jpgところで、晴海の清掃工場サイドの広大な敷地に、こんな立て看板がありましたよ。ええ?まだ決まっていないのに。というか、決まってなくても東京都がここになにか建てるつもりなのかな。
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  # by tzucca | 2006-08-16 01:30 | → 花火大会

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