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2006 大曲の花火

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明治時代から続く、日本一の花火師を決める秋田・大曲の全国花火競技大会。
花火好きが全国から巡礼のように集まる日本で最高の花火大会。
昨年は行けなかったのですが、第80回となるアニバーサリーの今年、バスで往復15時間近くかけて観に行ってまいりました!
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過去2回行ったときは悪天候で、アウトドアに慣れていない僕にとっては、正直かなり辛かったんだけど、目にした花火の圧倒的なクオリティに、涙さえでるほどの感動を覚えたものです。一度でも大曲を体験してしまうと、もう他の花火大会が大曲のための前座としか思えなくなってくるんですよね。リピーター続出も当然。僕らが申し込んだバスツアーも、その日は東京発が8台だったそうです。
そして、今年。東京地方は小雨も降るどんよりした天気でしたが、大曲は夏真っ盛りの暑さの晴天!わお!こんな天気で観られるなんて!もうね、心から楽しめました。あっぱれ、拍手、感動です。
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全国から選ばれた30社の花火師によって、2発の十号割物と創造花火が競い合います。
秋に開催される土浦の花火競技会(ゆいが桟敷席をゲットするために2日がかりでチケットをとりに行ってます)では、ハデな連発系スターマインが多いのですが、大曲の創造花火は、同じスターマインでもしっとりとした曲でドラマティックな展開が多いんですよね。芸術性が高い。
普通の花火大会のエンディングかクライマックスを30組分観るようなものですが、ただハデなだけでは入賞できないのが大曲のオーチャードなところ。
感動的だった磯谷煙火店さん(優秀賞)、紅屋青木煙火店さん(優勝/内閣総理大臣賞)、篠原煙火店さん(入賞)、菊屋小幡花火店さん(入賞)、ホソヤエンタープライズさん(入賞)は、さすがにみな入賞。
そして割物では、前人未踏の五重芯を完璧なカタチで決めた、ここ数年優勝を連覇している野村花火工業さんが今年も優勝!まさにキング・オブ・キング!

これを書いている8/31にNHK総合「プロフェッショナル」で、花火師・野村さんを紹介していました。ほんと、職人とはなんぞや?というものを見せつけてくれました。

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大曲の花火でもっとも見物なのは、「大会提供花火」。幅500m以上にわたって展開されるワイドスターマインの極上花火エンタテイメント。非常に芸術性の高い展開が特徴ではあるのですが、今年は第80回とあって、大花火図鑑ともいうべきハデな内容でした。でも、もう観ているうちから涙が出てしまいそうなくらいの感動です。すごい、の一言。
ありがとう、こんなすばらしいものを見せていただいて。
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スゴイ!というよりも、あがれば楽しい型物。あまりよく撮れてないけど、左から、小松煙火さんの「リンゴ」、北日本花火さんの「スギッチ」(秋田わか杉国体キャラ)、北日本花火さんの「Qooちゃん」(コワクなっちゃったけど)

大会終了後、川の向こう岸にいる花火師さんたちが降るトーチに、観客からも光るものを手にとって、感謝の気持ちをこめて腕を振るお約束の時間。無数の光の点が地上に揺らいでいる中、75万人もの人たちが会場を後にしていくのでした。
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  by tzucca | 2006-08-27 01:52 | → 花火大会

今年の夏は「cure jazz」

もうすぐ夏も終わりだよね。
自転車で駅まで行く間、下をよく見ていないと、落ちているセミの亡骸を避けることができません。
21世紀になって以来水着になったことがない記録を今年も更新。
それでも夏らしい思い出もあって、日焼けもして、それなりに楽しめたかもしれない。

a0028078_212636.jpgここ数年、この時期よく聴いていたナンバーが、夏の暑さの皮膚感覚とリンクして記憶されてるんですよね。
今年の夏はといえば、これですよ。UA × 菊池成孔「cure jazz」。
ジャズを歌うUAの、なんて色気のあることか!伸びやかなのに、抑制ある余裕の中で彩られる、表情豊かな声。歌うことの幸福感みたいなものが押し寄せてきて、エキサイティングなのに妙に落ち着くの。ああ、だから「Cure Jazz」癒しのジャズなのかな。

アルバムの半分はジャズ・スタンダードなんだけど、斬新なアレンジ。半分は菊池さんのオリジナル。ジャズってこんなにカッコよかったんだ!と再認識させられるような演奏です。ノリが分かる年齢になったってこと?いやいや、このセンスは、アーティストの才ですね。音が心地いいんですよ。サックスがカッコいいんですよ。煙草のけむりと洋酒の匂いが漂うムードなのに、音がすごくクリアーなので、ダーティな雰囲気ではないんです。

ジャケットがたまらなくカッコいいっす。
iTune Music Storeから購入できますよ。聴いてない人は、視聴してみて。

@でもね。「Over the rainbow」の"間"は、僕にとっては心地よくなかった(^^;
自分って短気なんだなーってつくづく思いました。
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  by tzucca | 2006-08-23 02:01 | → iPod

WOWOWで観た「NANA」

ついつい長文の映画レビューがつづいてしまいました。
ここでちょっと息抜き。
今頃なんですけど、WOWOWで「NANA」を観ました。

大ベストセラーの原作を読んでないんだけど、
映画としてけっこうよくできていましたね。
丁寧にエピソードを積み重ねて、ありがちなバンドもの、恋愛青春映画
からきちんと1歩抜け出した世界観ができていました。
今の自分の立ち位置が見えない不安が、ちゃんと描かれていて、
軸がNANAとハチの友情からぶれなかったのがよかった。

中島美嘉の存在感が光ってたなぁ。
男前な女、なんだけどつきあいにくい偏屈さがない。
強がる女をイタイ子にならず、すごく自然に中島美嘉が演じていた。
(たぶん、役者が演技したんじゃ、あの雰囲気は出ないだろうな)
コミックの実写化としては、奇跡的なリアルさなんじゃないかな。

俺ね、バンドものってけっこう好きなんですよ。
バンドができあがっていく過程、曲ができていく過程とか
すごくワクワクしちゃうんだよね。
NANAが歌詞を適当に乗せて歌う「GLAMOROUS SKY」のシーン
がすっごくカッコよかった!
そして完成した「GLAMOROUS SKY」を歌うライブ会場が、
横浜ベイホールなんだよね。
昔ここのステージで踊ったから、妙に愛着あるんだ、あの空間に。

@後日談
原作の「NANA」を映画化されたあたりまで読んでみましたよ。
映画でいいなと思った部分のほとんどは、原作通りだったんだね。
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  by tzucca | 2006-08-21 01:38 | → MOVIE

映画「ユナイテッド93」

a0028078_053133.jpg歴史は、9.11を境にして、それ以前、以降と分けて語られるようになった。
環境映像のように固定カメラで映し出された黒煙をあげるワールド・トレード・センター。そこに2機目の飛行機がつっこむ瞬間を、僕はテレビでリアルタイムに観ていた。何が起こったのか?そして、繰り返されるすでに知ってる情報が更新されるのを、固唾をのんで見つめていた。
そして崩壊をはじめたワールド・トレード・センターを観て、誰もが思ったはず。「まるでハリウッド映画のようだ」と。

すでに何本かのドキュメンタリーがテレビ放映や公開されていますが、ハリウッドが真正面から9.11を描いた作品が続けて公開されます。このポール・グリーングラス監督の「ユナイテッド93」、そしてオリバー・ストーン監督の「ワールド・トレード・センター」。
9.11以降アメリカ政府がとった行動から、アメリカの愛国心に訴える英雄を讃える映画では?と思ってしまうのは、僕だけではないはず。

僕が「ユナイテッド93」を短い夏期休暇中に観たい1本に選んだ理由。
仕事中に時々聞いているJ-waveの番組でこの作品が紹介された時「とにかく描写がフラットであることに驚いた」というコメントに心が動かされたから。そして未見ではあるんだけど、北アイルランドの公民権デモを描いて高い評価を受けた「ブラディ・サンデー」(U2にもこの事件を題材にした曲があるよね)を作ったポール・グリーングラス監督作品であることを知ったから。

この作品は、9.11でハイジャックされた4機のうち、目標に達することなく墜落したユナイテッド93便で、なにが起こったのかを再現するドキュメント・ドラマです。生存者が誰もいないので、93便の中で起こったことを再現しようにも真実は分かりません。乗客が機内電話や携帯で家族に語った内容、管制センターで追っていた情報から、制作者は<真実を描くことの意義>なくして鎮魂の礎になり得ないという意図で、ハリウッド映画的なドラマティックな演出を徹底的に排除して現場を再現しています。

ユナイテッド93便は、乗客がテロリストの企てを阻止した勇気が讃えられて、その時のかけ声「レッツ・ロール」がプロパガンダとして利用されてきました。ハリウッド映画であるなら、高揚した音楽とともに決意の表情をした男にカメラがトラックアップして、張りのある声で「レッツ・ロール」が出るだろうことは想像できるのですが、この作品でこのセリフは、バタバタとした状況の中でかき消されてしまうので、よほど注意深く音を聞いていないと分かりません。僕も、観る前にその情報があったから気がついたので、ここに書いておきますよ。
本当に、描写がフラットなんです。

フラットであることは、アルカイダのハイジャック犯の描き方に対しても、乗客や管制センターで働く人と同じ目線でカメラを向けていることにも言えます。9.11以降のアメリカでは、イスラム教徒というだけで、イコール、テロリストと決めつける人が多いとモーガン・スーパーロックの番組で言ってました。犯人に対するここまで冷静な目を保てるというだけでも、この作品が政治や商業的な思惑から離れて制作されたことが分かります。
管制センターに登場する人たちの多くは、当人がかつての自分を演じているのも、彼ら1人1人にとってこの映画に出ることの意義を感じてのことなのでしょう(エンドクレジットで、as himself となっているのが当人出演の人たちです)

慌ただしい管制センターで、レーダーとにらめっこしながら誘導指示を与えるスタッフが、アメリカン11便のコックピットからの音声を聞いて「ん?もしかして?」とハイジャックの可能性を言葉にします。
やがてアメリカン11便がレーダーから消えます。ニューヨーク市の上空で。「どうしたんだ?」
演習のために空のスケジュールを管制センターとやりとりしていた軍のコントロールセンターで、「CNNを観てみろ!」という声で前面パネルに黒煙をあげるワールド・トレード・センターの映像が映し出されます。なにが起こったのか、誰も把握できてないんです。目の前の現実と、全体の出来事がリンクしてこないのです。
彼らもCNNを観ていた、というのがショッキングではありました。もっと詳細な情報が行き交っていたと思っていたのに、事態の把握ができずに情報だけが混乱して、TVを観ていた僕らとたいして変わらない状況だったんだ…と。

そして悲しいのは、1機目がワールド・トレード・センターに突っ込んだ時には、ユナイテッド93便はまだ離陸してなかったこと。出張や旅行などそれぞれの目的で乗り込む、いつもと変わらないフライト風景。異様に緊張した気配で乗り込む数人の犯人たちを除いては。
ここからは、まるで自分が93便に乗っているかのような錯覚に陥る、生々しい映像が続きます。
まさか!という思いと何が起こってるか分からない不安。やがて、機内電話で家族と会話していた乗客から、外で何が起こっているかが機内に伝わってきます。ただのハイジャックじゃない。自分たちは生きて帰れない。みな、電話で家族にメッセージを伝えます。愛していたと。みな口々に、愛していたと。カメラは客観的な目線でなく、そこに居合わせている人の目線で映像を拾っていきます。
僕らは、彼らが何をしようとも、待ち受けている運命を、結末を知っています。
未来を見てしまう能力があるとは、こういうことなのか、と思ってしまいました。それで、運命を変えられるのならいいのに、そうはならない。辛くなってきます。せめて、最後まで彼らがしたことを見届けたいというキモチになってきます。

軍の上層部がユナイテッド93便のハイジャックを知ったのは、墜落してから4分後のこと。
(他、いくつかの報告が文字情報でエンドロール前に現れます。これらの真偽については、コメントがいくつか寄せられているので、そちらもどうぞ)

これはもう、映画の感想じゃないですね。でもこの作品は、映画の完成度やら脚本の見事さや役者のすばらしさを語るシロモノではありません。遺族や関係者の証言などから再現された真実を受け止めてあげる、それが観客の役割なのです。
こういうカタチでこの題材を1本の映画に仕上げた、ポール・グリーングラスという映画作家の力量には目をみはるものがありました。
「ブラディ・サンデー」も観なくては!と思ってきます。

エンドロールが流れる間、ラストシーンの絶望感からくる心臓のドキドキがおさまるのをじっと待っていました。クレジットが流れ終わって、劇場の照明がつくまで間、スクリーンには「ユニバーサル・ジャパンに遊びにきてね!」のユニバーサル映画のお約束画面が映っていました。この違和感たるや!


「ユナイテッド93」 2006.8.14 TOHO CINEMAS 六本木ヒルズ Screen4

「ユナイテッド93」公式サイト
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  by tzucca | 2006-08-21 00:43 | → MOVIE

「ゲド戦記」を観た感想

巨匠・宮崎駿監督を父に持つ宮崎吾朗監督の第一回作品。
宮崎駿監督作品のような極上な映画体験には及ばず、
表現の固さと引きこもった心によって、青くて甘くないバナナのような作品でした。


そりゃね、初監督作品ですから、表現の"固さ"は当然あるだろうし、いきなり極上の映画体験ができちゃったら、実はお父さんが監督した?って思われちゃうだろうし。
ジブリの将来を担う若き才能の誕生を楽しみにはしていたんだけど、しがらみが大きすぎたんだろうなー。美しい画面から、外に向かうパッションやエモーショナルな部分が伝わってこないんだよねぇ。それは、主人公アレンの性格そのままに、引き籠もりの心理状態みたいな演出だったからなんだけど。もし、強いオーラを発散してきたこれまでの宮崎アニメタッチでなかったなら、こんなギャップは感じなかったかもしれない。"宮崎駿"からもっと離れた作り方であれば、自分の殻に閉じこもったリアルさを欠いた心が、1つ1つリアルを肌で感じて取り戻していくデリケートさを表現できたかもしれない。
原作を読んでいない僕だけど、映画としてここはもっと良くなるはずなんじゃないか?と思いながら画面を観てしまうところが多かったんだ。映画自体が引き籠もってるんです、とにかく。

とはいっても、ブランド力のあるジブリ作品。画のクオリティは、さすがです。舞台となる街、自然、動物の描写は、愛おしくなるほどよく描けてた。NHKの深夜によくオンエアしている、世界の歴史ある街や土地をハイビジョンで淡々と紹介している番組を観ているようでした。すなおに「ステキだなぁ」と。
イマドキのアニメにあるような3DCG的構図ではなく、実写的な構図とカット割を意識しているところに好感が持てました。

キャラクターといえば、ハイタカ、クモ、ウサギの3人がいい感じ。
ハイタカは、父親の象徴的存在として、菅原文太の声とあいまって存在感がありましたねー。宮崎駿作品には、こういう父親的存在っていなかったんだよね。これは父を見てきた息子だからこそ描けた部分だと思う。父親的、という言い方をしたのは、それがユングが言うところのシンボルとしての父親に近いなぁと思ったから。実際この作品では、アレンの「影」が登場したり、ユング的な匂いが散りばめられていたし。
そして、生に固執するあまり悪の存在と化してしまう魔法使いクモは、素直にこういうキャラが好きなのと、ラストの崩壊する姿がよかった。ムンクの絵のようなタッチになっちゃったりしてさ。「ハウル」の荒地の魔女のように、終盤で姿形をただの老女に変貌させちゃうのが、ジブリの得意技に加わったみたい。
ウサギは、旧ルパンを思わせるアニメーター大塚康生氏のタッチで、アニメ的に動かしやすいキャラクターでしたね。バランス的にこのキャラにここまで生き生きした役回りが必要だったか?とは思いましたが。

オトナはともなく、主人公となる少年少女のアレンとテルーは弱かったなぁ。
画はキレイなだけじゃ生きてこないんだって、よーく分かりました。宮崎駿氏の作品では、感情や表情をキャラに与える部分で、駿氏が八面六臂に力量を発揮していたんだろうことが、分かってしまった感じです。

いつも沈みこんでるアレンは、ストーリーを前に進める役目を果たせていませんでした。
冒頭で父親の王を殺さねばならなかった理由が、突発的な衝動からだったという罪の薄さは、「死が訪れるからこそ限られた生を精一杯生きる」というメッセージへ映画全体が導いていく足かせになってるんだ。大仰なメッセージの台詞が、すごく薄く感じるの。
父から魔法の剣を奪って逃げたのも、そういう行動をとった理由が希薄。持っていた剣は父を刺すのに使っちゃったので、かわりの護身用武器が必要というとっさの判断からってことなのかなぁ。後半の展開に必要だったから、という構成の必然性のためじゃないよね?
アレンの分離された「影」の存在は、この作品にいくつか登場する"子供が観てわかりにくい部分"の1つ。原作では別のカタチで登場するものをここに持ってきたようですが、ユングに興味を持つような若い映画作家なら、一度はやってみたいモチーフなのは分かるんです。そこをもっと深く描いていたなら、アレンというキャラがもっと生きてきたように感じるのです。「影」に怯えてそこから逃れるホラー的描写だけでなく、なぜ「影」が別に存在しているのかをセリフでなくビジュアルで分からせて欲しかった。

対して、<名を奪って人を支配をする>という「千と千尋の神隠し」でも登場したマインドコントロール部分は、バランスよく描けていたと思う。なぜ?と思うよりも、古来よりそういうものなのだと理解しちゃえばいいんだよね。

映画ではクモを倒すことで物語の結末をつけているけど、冒頭に描かれる「世界の均衡が崩れている」ことの解決には至っていません。それはクモ1人のせいではなく、もっと大きな規模での話。ハイタカが旅している目的はまだ何も手がかりがない。大きな流れの中のほんの一部分であるこの作品に、サブタイトルなしの「ゲド戦記」というタイトルはどうなのだろう?と感じずにはいられませんでした。
原作を読んでいる方、どうなの?


「ゲド戦記」 2006.8.14 TOHO CINEMAS六本木ヒルズ Screen2

スタジオジブリ「ゲド戦記」公式サイト
スタジオジブリ:ゲド戦記・制作日誌
スタジオジブリ:ゲド戦記・監督日誌
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  by tzucca | 2006-08-20 01:12 | → MOVIE

2006花火大会:東京湾大華火祭

8月13日:東京湾大華火祭
悪天候で順延開催となった、東京湾の花火大会。
昨年は花火がスタートする直前に夕立だったけど、今年は開催日の昼間っからすごい雷雨。多少の雨なら花火はやれるけど、雷がやばかったのかな。

順延されたことで、この日は〈葛西臨海公園でBBQ〉→〈晴海埠頭で花火〉と朝からずっとアウトドアを楽しむという珍しいことに。
葛西臨海公園ではすっごく暑かったのだけど、午後の半ばすぎの晴海埠頭は例年に比べてずいぶん過ごしやすい暑さだった。前日の雨で地面の熱が冷やされたせいかな。東京湾の花火が、夏の花火大会シーズンのラストだから、これが終わると夏ももうすぐ終わるなぁと寂しくなるんだよね。

東京湾大華火祭は、晴海の第一会場で見ないとね。ここは入場整理券をゲットしないと入れないから、必要以上のスペースを占領する場所取りがなく、開場とともに場所をとればいいので気が楽です。順延開催ではあっても、人は多かったなぁ。
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東京湾大華火祭の担当煙火店は、毎年丸玉屋さんとホソヤエンタープライズさん。2カ所からタイミングを合わせてそれぞれの煙火店さんが打ち上げるので、視界に入る左右の玉の特徴が違うんですよね。それが、この花火大会の特徴です。
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江戸川の花火を体験したあとだと、どーしても構成が大味に感じちゃう。それでも、レインボーブリッジやベイエリアの東京夜景を背景に、大玉が打ちあがるスケール感はキモチがいい!
ちまちまとした連発よりも、ズドンと音が腹に響く大玉が、天高く上って開くのにワクワクしちゃうね。フィナーレの金冠がどんどん上空高く打ちあがっていくのは、ほんとにダイナミックでした!

花火大会の終了とともに、素早く荷物をまとめて撤収!
晴海から本土に戻るのには、いくつかのルートしかありません。晴海通りに出て勝鬨橋を渡るにしても、豊洲や勝どき駅へ行くにしても、人の多さで延々とのろのろ歩くことになります。晴海トリトンで時間を潰してから帰るのがいいかもです。ぼくらは、、別のルートで本土に渡ってますけど。


a0028078_139897.jpgところで、晴海の清掃工場サイドの広大な敷地に、こんな立て看板がありましたよ。ええ?まだ決まっていないのに。というか、決まってなくても東京都がここになにか建てるつもりなのかな。
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  by tzucca | 2006-08-16 01:30 | → 花火大会

2006花火大会:江戸川区花火大会

今年の夏も、ゆいと一緒にいくつか花火大会を巡っております。

7月27日:足立の花火大会
急にしょぼくなってしまった昨年と打ってかわって、全編音楽花火で演出に凝ったオトナの花火大会でした。
「やればできる子じゃん!」と思ったものですが、あとで調べてみたら、担当煙火店が一昨年まで足立の花火を盛り上げてくれた金子煙火店に戻ったんですね。「できる子がいいものをつくった」わけです。来年もよろしくでございます。

7月29日:越谷花火大会
この日は隅田川の花火大会なのですが、場所取りのえげつなさにうんざりして、ここ数年昭和記念公園で開催される立川の花火大会の方に行ってました。しかしですね。この頃胃の調子がまた悪くて(胃炎が悪化してしまった)、自宅から電車1本で行ける越谷の花火に行ってきました。のーんびりした花火大会でした。展開が単調なので、途中眠ってしまいました(^^;

8月5日:江戸川区花火大会
老舗の「鍵屋」さんが仕切る江戸川の花火は、とにかくエキサイティング!打ち上げている1時間があっという間に感じる見せ場のうまさったら!エンターテイメント性が年々アップしていく気がする。
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オープニングはたいていの花火大会ハデなものだけど、はじまって数分でいきなり空いっぱいに打ちあがる金冠。うひょー、いきなりフィナーレって感じのテンションの高さ。「すげー、すげー、江戸川すげー!」あちこちから声があがって、掴みは十分すぎるほど!
いくつかの見せ場の間は、単発打ちとスターマインでつないでいるんだけど、決して単調じゃない。考え抜いた構成です。
そして、何度も目の前が真っ白になるような大爆発。
色遣いのうまさも拍手でしたねー。鍵屋さんが得意とする桜色の美しさったら!さらに緑尽くしのシークエンスでは、さまざまな緑のバリエーションを見せてくれて、花火の発色の奥深さに感銘。
そして本当のフィナーレでは、これでもか、これでもか!と観客の高揚感をピークに持っていく視界いっぱいに広がって埋め尽くされていく金冠。うおおおー!と知らずに叫んでしまう。
はあ、はあ、はあ…。

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ありがとう、今年も満足させていただきました。鍵屋さん。

写真は、昨年買ったふつうのデジカメ(FUJI FinePix F10)で撮ったものだけど、昨年よりはシャッターチャンスが慣れてきたみたい。
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  by tzucca | 2006-08-16 00:02 | → 花火大会

ダンス仲間とBBQ

a0028078_2512947.jpg俺様がお天道様のもとBBQしている姿なんて想像できないとおっしゃるか?
まったくだぜよと自分でも思う、夜とインドアの男、TZKです(笑)

ダンス仲間、というよりSUGUYA組のバーベキューが葛西臨海公園であったんだ。
何年ぶりだろう、こういう場に参加するのは!みんなキモチのいい人たちだからねぇ。楽しかったぁ。
食べ物はたっぷりの量が用意されていて、ひたすら食べて、飲んで、しゃべって。
同じクラスに出ている仲間じゃないと、イベントで会ってもゆっくり話す機会がなかったりするんだよね。こういう場があると、なんでもない会話ができていいねー。
a0028078_251482.jpgバーベキュー広場のぼくらの場所は、木陰でもないのにタープを張ったのが途中からでさ。けっこう日差しが強くて、すっかりタンクトップ焼けしちゃった。タープをセッティングして日影ができたら、急に過ごしやすくなって「これでお金のある集団に見えるね」って(笑)
秋にクロスモードでSUGUYA組の出る発表会があるから、それに出る人たちはリハが終わってから駆けつけてきた。当然SUGUYAも午前中のリハが終わってからの到着。来る早々上半身裸になって、日焼けモード。でも14:00になったら次のクラスへと。おつかれさま〜。

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俺も14:30になったところで、東京湾大華火祭を晴海埠頭第一会場で見るために、みんなとバイバイ。みんなはそのあとずっと夜までいて、葛西臨海公園から花火見てたんだって。
最近BLOGをなかなか更新できなかったけど、今年の夏も花火大会には通ってます(笑)
あとでまとめて書きますね

@BBQの写真はYUKAの提供でした
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  by tzucca | 2006-08-13 23:30 | → LIFE

若冲を見たか?ええ、先だって見てきました。

a0028078_2202879.jpgアートが好きといっても、美術展に足を運ぶのは年に1度あるかないかの僕。
通勤途中の上野駅に貼られた『紫陽花双鶏図』のアップを使った【若冲と江戸絵画展】のポスターを目にした時、「やばい。すっげーカッコいい」ってやられちゃってさ。
仕事面で精神的に鬱屈していて、人と話したくない、会いたくない、って引き籠もりモードになっていた7/16(日)、思い立ったように上野の東京国立博物館・平成館に観に行ってきたよ。

行ってよかった。すっごいいいものをもらってきた。
この【若冲と江戸絵画展】は、ロス在住のジョー・プライス氏がコレクションした、若冲をメインにした江戸絵画の里帰り公開。これほどの規模で開催されるのは、前にも後にも今回きりかも、とプライス氏がメッセージに寄せている内容です。

NHK教育の「日曜美術館」での特集、そして雑誌「BRUTUS」での特集と、すっごいスポットライトが当たっている、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)。


a0028078_2481413.jpgプライス氏は、あのフランク・ロイド・ライトとの交流から、建築と自然の理についてたくさんのことを学んでいたそうです。そして、大学卒業記念にスポーツカーを買うためのお金で、ニューヨークの古美術店にあった、若冲の「葡萄図」に一目惚れして購入。それが、プライス・コレクションのビギニングだったという、美術の世界では伝説ともなっているエピソードがあります。
当時日本では、若冲はまともに評価されていなかったようで、1970年代になり、異端・奇想という切り口で、今回公開されている曽我蕭白、長沢芦雪らとともにアーティストとしてスポットライトが当てられたそうです。伝統的な表現や題材でなく、アバンギャルドとも言える自由で独創的な表現は、海の向こうのプライス氏の純粋な目で収集されたコレクションによって、今僕らの感性をこんなにも刺激してくれるのは、本当にありがたいことです。
プライス氏が作品を集める時、その作者が誰か?ではなく、絵そのものの魅力を最優先してきたんだそうです。
だから今回の【若冲と江戸絵画展】に寄せたメッセージでも、「絵を前にして、自由に感じて欲しい」というような言葉があります。これって、本質的なことだし、ポリシーとして言葉にできることはすばらしいことだよね。

プライス氏の作品指向の感性は、今回の展示方法にも特別な趣向を凝らしてくれました。
これらの作品は、ガラス越しに見られるために描かれたわけではない。
ということで、会場は大きく2つのエリアに分かれていて、1つではガラス越しでなく直接掛け軸や屏風を目にすることができるのです。これって展示会場側からすれば、作品管理上ものすごく気を遣うことらしい(だろうねー)
さらに、「日本美術を鑑賞するには、光の果たす役割は非常に重要」というプライス氏の言葉から、ガラス越しでない作品展示ゾーンでは、1分間で朝の光から日暮れの光まで変化する特殊な照明を使ってるんですよ。劇的に作品の表情が変化するのを目にすると、作品とそれが置かれた空間とが共に生活しているかのような一体感に驚きます。とくに、「金」部分の表情が光によって全然違うの。


a0028078_2212449.jpgというわけで、展覧会ガイドのようなテキストをつらつら書いてきましたが、そろそろ若冲のことを。
作画上のテクニックがいくつか特長としてあるんだけど、それよりも驚かされるのは、「画」としてのデザイナー的感性です。絵画作品は、それ自体で時間と空間が閉じているというか、完結しているものがほとんどだと思うのですよ。写真のような一瞬をフリーズさせたものでも、幅のある時間軸を内包しているものでも、描かれたそのフレームの構図は絶対的なものです。
だけど若冲の作品は、一部分をトリミングして、そのままポスターや和モノのパッケージデザインに使えちゃうものが多い。現実の対象物を「絵」に描き込む時、写実的であったり伝統的表現であったりするよりも、見る側に直感的なインパクトを与えるための、ディテイルの明快さがあるんですよね。それって、デザイナーがグラフィックスを作り込む時のような感覚に近い気がするのです。
若冲が得意とする鶏図は、庭に飼ってじっくり観察した鶏を、まるで鳳凰のように気高く描いてるのがカッコいい。観察することで、細かいパーツのディテイルに思い入れが生じてくるのかな。細かく描きこまれていることで、かえって現実感が喪失して存在感だけがシンボリックに浮かび上がってくるの。または、カタチのミニマム化を行って、シンボル性を強調しているものもある。
遠近法でないオブジェクトの置き方は、シンボリックなパーツをPhotoshopのレイヤーで重ねていくようなパース感もあるし、それもまた今の時代の和ものグラフィックスとしても通用する新しさにつながってのかもね。

「BRUTUS」の表紙を飾り、宇多田ヒカル「SAKURAドロップス」PVにも登場した『鳥獣花木図屏風』を目にしたインパクトは、まさに息を飲んだって言葉そのもの。「これってデジタル?」ピクセル分解されたようなこの表現を、江戸時代に?若冲はタイムマシーンで現代を見てきたの?なんて思っちゃいました。近づいてよくみると、ピクセルというかタイル画のような描き方をしていたんだけど、こんな絵が江戸時代にあった、という衝撃はかなりのものでした。なによりそれが、動物たちが楽しそうに寄り集まっている楽園というイメージなのも、目にしたことのない江戸絵画じゃないですか。これって数年前六本木ヒルズの森美術館「ハピネス」展に出品されたんですよね。まさに「ハピネス」。背景には仏教的思想があるらしいんだけど、何も知らずに絵を前にして思ったのは、グローバルなピース・ワールドじゃんってもの。
すごいアーティストだ、若冲って人は。

すでにやたら長いテキストになっちまいましたが、最後にこれだけは自分で忘れないように書いておきたいことがあります。
この展覧会で集められた作品は、人物よりも植物や動物、季節を描いたものが圧倒的に多いんです。季節ごとの草花と鳥、動物、自然の風景など。展示会場のラストに近い頃になると、それまで見てきた作品群の、自然とともに同じスピードで生きている喜びが僕の中に立ち上ってきて、涙が出てきちゃったんですよ!
1日の光のうつろいの中、家の中で絵に描かれた自然とともに、生活している土地とともに時間を共有していく心の余裕。なんてすばらしいんだろう!
なんかね、ロハスという言葉にしちゃうと意味がずれちゃう気がするのだけど、分かりやすくいえばそういう感覚の洗礼を受けたような気分になったのでした。

@若冲のほか、この展覧会に出品されているの中では、鈴木其一の洗練されたイメージづくりが気に入りました。
あと大好きなのは、長沢芦雪!「書」のような潔い強さのある作品は圧巻の一言です。

ーーーーーーーーー

2006年8月27日(日)まで東京国立博物館・平成館(上野公園)で開催中。
それ以降、全国を巡回していくようです。
プライスコレクション「若冲と江戸絵画」展・公式サイト
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  by tzucca | 2006-08-06 02:25 | → ART&CRAFTS

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