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みつおとオオタスセリ

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「のだめカンタービレ」とともに、今週ハマったもの。
↑は、某君から教えてもらった「相田みつおの世界」の書から。相田みつをさんじゃあないよ(笑)
なにげに元気をいただいた…。
http://garbage.web.infoseek.co.jp/mitsuo/works/top.html

仕事中によく聴いているJ-waveの「GROOVE LINE」で、フレーズが耳から離れない衝撃の歌がオンエア。現在オンエア中の曲名をチェックすると、「ストーカーと呼ばないで/オオタスセリ」。
すごいっすよ、この歌。ストーカーする女の側から描くラブソング。
あああ、マジ、耳から離れない。どうしよう、シングル買ってしまいそう…(^^;

@ちなみに29日(日)、新宿タワーレコード、赤坂WAVEでは「ストーカーと呼ばないで」は品切れ&予約受付中でした。むむむ。

ちなみにオオタスセリさん、Excite Blogやってます。ここ
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  by tzucca | 2006-01-29 02:48 | → LIFE

「のだめ」ウィーク!

評判は以前からいろいろ耳に入っていたのですが、ものぐさで手をつけずにいた「のだめカンタービレ」。
ゆいが「あ、こんなところに何かでもらった図書券3000円分ある」っていうんで、「だったら!」と1〜14巻をまとめ買い&一気読みした今週。

うはーっ、面白かったぁぁ。幸せな一週間だったぁ。

佐々木倫子さんの「動物のお医者さん」に通じる、現場の取材が生きたエピソードと笑い、個性的なキャラクターに拍手拍手! なにか得たいの知らないパワーがある。

思えば、これまでの人生で、身近に誰かしらクラシック音楽演ってる人がいたから、親近感ありつつも知らなかった世界が展開していて興味深かったですよ。爆笑しながらも、個人の能力を競い合う世界。厳しいけど、カッコいい!

「のだめカンタービレ」は、コミックなのに、音を感じられちゃうのがスゴイ。
クラシック音楽を進んで聴く人間じゃない僕だけど、聴いてみたい、この曲!って思えてくるもん。
なるほど、ちょいと前からのプチ・クラシック・ブームの一端を担う作品なだけあります。

ピアノ以外は超ダメダメ人間で変態さんの、のだめこと野田恵。このコミックが好きな女の子って、のだめに自分を投影しちゃう人多いねー。じゃあ男の子はっていうと、天性の才能と努力で世界的指揮者に登りつめていく千秋に自己投影?いやいや、彼はあまりにも出来すぎな男なので、ちょっと気がひけちゃう。でも、圧倒的な才能の部分以外で、のだめに振り回されたり苦労性な部分には「わかる〜!」。なんでオレ様がこんなことしなきゃいけないんだ?ってよく僕も思ってるよ(笑)夜中に帰宅して、翌朝出すゴミがまだまとめてなかったりするとき等々…。
それだけでなく、千秋の自分の道を究めていこうって意志の強さには、かなり勇気をもらったりして。
自分の中の「オレ様」が、「勉強せなあかんわ、自分も」とせっついております。

一気に読んで、たっぷり世界に浸れて幸せだったけど、次は1巻ずつなんだ…。
は、はやくぅぅぅ。
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  by tzucca | 2006-01-29 02:23 | → BOOK

映画「ニュースの天才」

ヒューザーの耐震強度偽装問題、虚偽の企業買収情報を公表したとされるライブドア事件、テレビを賑わすニュースに踊る「偽」という文字。なぜ人は偽るのか?いけないことなのは分かっているのに。それはね、人という存在は元々弱いものなんですよ、なーんて達観した答えすらもピントはずれに感じちゃう現実的な波紋。
というわけで。「ニュース」と「偽」つながりで、今回は「ニュースの天才」という映画の紹介。
2004年の年末に公開された、実話を元にした映画です。

a0028078_0521338.jpgアメリカ大統領専用機内に唯一設置されている権威あるニュース雑誌「THE NEW REPUBLIC」。
政治的論評を売りにしていたこの堅い雑誌の中で、最年少編集者24歳のスティーブン(ヘイデン・クリステンセン)は、人が感動したり怖がるものを探し当事者の目線で書く記事によって人気記者となっていった。それでも彼は、安月給でハードワークな仕事ながら、同僚への気配りを忘れず、笑顔を絶やさず、その人柄から編集部内でも厚い信頼を得ていたのだった。

ところが、スティーブンの書いた「ハッカー天国」という記事について、「フォーブス・デジタル」の記者アダムが内容を詳しく調べようとWEB検索をしてみたところ、記事内に登場するソフトウェア企業やハッカーの名前がヒットしてこない。そんなバカなことが…。権威ある一流誌にねつ造記事疑惑が浮上する。

「THE NEW REPUBLIC」では、信頼を得ていた前編集長がクビとなり、新編集長チャックが就任したばかり。はじめは編集長の勤めとして、記事の裏付けをとろうとスティーブンに情報元などを確認したが、やがてスティーブンの態度に信頼性を欠いたものを見出していく。



記事内容の裏付けや弁護士のチェックを厳格に行う一流誌の編集過程で、なぜねつ造された記事が通ってしまったのか。スティーブンの職場での人柄が、チェック機能を甘くしていたのか。
外面(そとづら)がいいスティーブンですが、この局面に対して「自分は悪くない」を連発し、「編集長ならなぜ記者を守ろうとしない」とキレるあたりで、甘ったれの自己愛野郎だというのが露見してきます。一見いいヤツだと思われていた人間から、どうしようもない本性が見えてくる件を、「スター・ウォーズ」でアナキン・スカイウォーカー(ダース・ベイダー)を演じたヘイデン・クリステンセンが好演。さすが、内にあるダークサイドを演じることができた男だけはある!
冷静に真相と向かい合い、「THE NEW REPUBLIC」を守ろうとする編集長チャックを演じた、ピーター・サースガードもすごくいい感じでした。

あきらかな嘘を編集長に見透かされても、ごまかしたり自分以外のせいにするスティーブンを観ていると、情けなくなってきます。でも身近にそういう人間っているもんじゃないですか。そう、あなた自身とかね。僕自身ともいえる。
けれども、僕だったらねつ造記事は書かない。自分の仕事と自分の能力に誇りを持っていたいから。
この映画でも、スティーブンを中心にしながら、他の編集部スタッフの仕事に対する姿勢もしっかり描いています。「権威ある雑誌を作る仕事」にプレッシャーを感じながらも誇りをもっています。業種は違えど、自分の属するWEB制作の現場と近い部分もあって、スタッフ同士や上司と部下のかかわりなど、すごく興味深く観てしまいました。

実際に起きた記事捏造事件の忠実な映画化ですが、事件そのものを映像化するのであれば、TVドラマや報道の再現ドラマの方が、よりリアリティが出たのではないかとも一瞬思いました。なぜ映画にしたのか。TVでやったとしたら、リアリティという錯覚の上に必要以上にドラマ性をプラスしてしまうかもしれないから?スキャンダル性やサスペンス性を強調しちゃうかもしれない?

集中して一気に見せる映画だからこそ、スティーブンのダークサイドを見抜けなかった現場スタッフと同じ気持ちで事件を目にすることができるのでしょう。そして、ねつ造記事を27本も見逃してしまった「THE NEW REPUBLIC」が抱えた傷も。そこで働くスタッフや編集長をもきちんと描くことで、ラストで彼らが示したアクションに説得力が出るわけだから。
母校のクラスで講演するスティーブンこそ、この男の薄っぺらなダークサイドだったことも。

野心があっても悪気がない。
プレッシャーを受けつつも、ショートカットで成功することをまず考える。
ねつ造する想像力はあっても、発覚した時のダメージを想像しきれない。
そうさせたのは外部の力であって、自分が悪いわけでは決してない。
タイトルは「ニュースの天才」でも、彼は「天才」ではありませんでした。

「ニュースの天才」
2003年アメリカ映画・94分
製作総指揮の一人にトム・クルーズ。

「THE NEW REPUBLIC」誌の公式サイト

◆スティーブンの記事「ハッカー天国」の内容を検証し、事実と異なることを突き止めた「フォーブズ・デジタル」のアダム記者は、その後「HOT WIRED」のライターをしているようです(いかにもですね)。その「HOT WIRED」に、アダム氏が「ニュースの天才」の内容に触れた記事がありました。
「メディア検証コラム:増大する報道不信、変わらぬ影響力」(2004.6.30)
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  by tzucca | 2006-01-23 00:49 | → MOVIE

雪・ゆき

a0028078_1592626.jpg東京でも積もりましたねぇ。NHKのニュースではTOPで伝えていましたが、大雪の被害に見舞われている地域が多い中、この程度でTOPニュースにしてしまうのは申し訳ないです。センター試験に影響、ってのはニュースになるけど。

僕は東京23区の端っこに住んでいるせいか、雪が降るといつまでも道の端に溶けずに残ってるんです。銀座なんて積もりさえしないのにねー。自宅から駅まで行く道のりで、道の端どころか道全体に雪が残って凍結しちゃうエリアがあるんですよ。陽がちょうど当たらないせいか、地面の熱がそこだけ低いのか、極端に人も車もそこを通らないのか、とにかく謎です。

写真は、ウチの庭にある石灯籠。これくらいの積もり方だといい感じの風情だね。
土曜日はジムに行くんだけど、この雪で駅まで行くのがしんどそうだったので、家の周囲を箒で雪を払って、ちょっと汗しました。それこそ道の温度が違うのか、ウチの前から10mほど先はほとんど積もっていないのに、こっち側はいくら雪を払っても後から後から積もっていくの。あううー。
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  by tzucca | 2006-01-22 01:59 | → LIFE

映画「山の郵便配達」

a0028078_132081.jpg土曜の深夜にフジテレビでオンエアされているアニメ「蟲師」を観たことある?
原作のファンは多いけど、アニメ版「蟲師」も素晴らしい出来ですよ。
静かで、しっとりとした展開。美しい画面。山や生い茂る木々、湖や海、まだ人が自然とともに生きていた頃の話。村落を渡り歩く蟲師・ギンコが巡り会う人々との情緒あるエピソードが、なんともいいんだ、溶きほぐされるんだ。
ということで。大きな木箱を背負って山道を歩くギンコつながりで、映画「山の郵便配達」でございます。

いい映画です、これは。静かな静かな映画なんですけど、なにか大きなものをもらったような気分になりました。いつものように、演出や構成がどうのう言う必要はありません。ただ画面に写っているものを、そのまま受け入れればいいんです。

舞台は、1980年代の初め、中国湖南省西部の山岳地帯。
山里に郵便物を集配していた男が、年老いて足を痛め、その仕事を息子に引き継ぐことになりました。
郵便物の入った大きなリュックを背負い、3日間で120キロ近い山道を歩きつづける仕事。

40キロ歩くと天車嶺、それから望風坑、
次の九半龍で1泊、翌朝は寒婆拗へ
揺掌山を越え大月嶺まで40キロ
3日目は一気に山を下りまた40キロ歩く

父は、こんな辛い仕事は自分の代でお終いにしていいと考えています。公務員ですから、息子はどんな職業に就いてもいいと。でも息子は、父の仕事を引き継ぐことを希望しました。映画は、まだ夜が明けきらぬ早朝、はじめて仕事に出る息子に父がいろいろアドバイスを与えるところから始まります。
息子が歩き出そうとした時、旅のパートナーとなる犬「次男坊」が、父から離れず息子の後を追わないことから、父も同行することに。最後の山歩きです。

何キロ歩いても人と出会わないという、山間の壮大な風景。静かな時の流れ。
仕事のプロセスを知ってはいても、それがどんな仕事なのかを初めて体験する息子。預かっている郵便物をカラダを張って守り抜くこと、自分のカラダを気遣い歩きつづけること、辛くても愚痴を漏らさないことなど、一緒に歩きながらリアルに仕事を伝えていく父。
仕事のため、父はほとんど家を留守にしていました。だから父と息子はゆっくり一緒に過ごすことなど、これまでありませんでした。この引き継ぎの旅で、父と息子はお互い心にしまっていたキモチを溶きほぐし、距離を縮めていきます。

シンプルなストーリーでしょ。でも、ここには人生の中でもっともドラマチックな出来事が凝縮していたんです。父にとっては、現役引退のセレモニーでもあるわけです。照れくさいのか、立ち寄る山里の人々の感謝と残念がっている注目を、引き継ぐ息子に向けさせるんですよね。そしてこれまで父に代わって家と母を守ってきた息子が、家の外に出て父の仕事を理解することで、父親に対する認識を再構築していくんです。自分が愛されていなかったわけではないことも分かり、はじめて素直に「父さん」と呼べるようになったのです。
そして翌日は帰路となる2日目の夜。父がこれまで知らなかった家での生活に必要な情報を今度は息子が伝えます。
代が替わり、家族の絆が結び直されました。

僕ね、過去に何度か書いたんだけど、父と息子の話に弱いんですよ。
小さい頃はかなりカラダが弱くて、ちょっと変わり者の芸術系な息子だったから、父にとっては一緒にゴルフへ行けるような弟の方が望んでいた息子だったんだろうなぁ、って。なのに、息子という身分をいいことにわがままや苦労ばかりで、何も返してあげられないまま永遠の別れを迎えてしまいました。
後になってから、それでも気にかけてくれてたんだ、って分かることがいろいろあって、それがありがたくって。
この映画の中で、息子の様子をうれしそうに眺める父、息子に背負われて川を横切っている時に涙ぐむ父の顔を観ていると、思わず涙ぐんじゃいましたよ、僕。やばい。

これは誰しもが観たいと思う映画ではないかもしれません。でも多くの人が出会ってみたいと思っていた映画なのかもしれません。仕事の引き継ぎが必要な人、自分の仕事に迷いがある人、安らかな静かな映画を観てみたいと思っている人にはおすすめです。
(静かな映画だと寝ちゃう人には、ぐっすり眠れる映画でしょう…)

「山の郵便配達」
■1999年中国金鶏賞(中国アカデミー賞)2部門受賞
■1999年モントリオール映画祭観客賞受賞
■2000年インド国際映画祭銀孔賞(審査員大賞)受賞
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  by tzucca | 2006-01-22 01:03 | → MOVIE

映画「バッド・エデュケーション」

a0028078_1957584.jpg「美」という言葉を多用したがるボーイズ・ラブ大好き女子向けって印象が強かったので、いつかWOWOWでオンエアされたら録っておくか程度に思っていた映画だったのですよ、実は。
「モーターサイクル・ダイアリーズ」で気に入ったガエル・ガルシア・ベルナル君つながりで、観ておかねば!リストのランクを一挙にアップさせたのでした。監督は、世界的巨匠で変態さんのペドロ・アルモドバル監督だしね。僕が観てない方がらしくないよね。

ストーリーは、次回作のねたを探している若い映画監督エンリケ(フェレ・マルチネス)の元に、元同級生だったというイグナシオ(ガエル・ガルシア・ベルナル)が訪れたところから始まります。イグナシオはアンヘル(天使)という芸名で役者をやっていて、「次回作で役をくれないか」と売り込みをしつつ、自分で書いたという脚本を置いていきます。部屋を出て行くイグナシオを見送ってエンリケが一言「初恋の相手だった」。ここから、ごく当たり前のように男が男を求め合う世界に突入していくわけ。

イグナシオが置いていった脚本「訪れ」に目を通す監督エンリケの頭の中で、もうひとつの映画が展開していきます。主役は女装のガエル君。ゴルチエのドレスを身にまとい、ヒップからゆっくりカメラが上に向かっていくと現れる、びっくりするほど美女となったガエル君。ここで歌われるのは「花様年華」で印象的に使われていた「キサス・キサス・キサス」。なにげにアルモドバル監督とウォン・カーウァイ監督は、選曲がかぶっていて面白い。
女装のガエル君(名前はサハラ)が今夜のお相手に選んだ男は、かつて教会の学校で一緒だった"恋人"エンリケでした…。そこから映画の中の映画で展開する少年時代の回想シーンが始まります。

1本の映画の中で、入れ子状に展開するストーリー。その構成はたしかに凝っているんだけど、女装が見事なガエル君を楽しむ以外、目新しい展開ではないんだよね。少年時代のシークエンスは、萩尾望都や竹宮恵子の少年愛コミック(例で歳がバレちゃうね)を読んできた人にとって、「それはそうよね」という定番な展開。
観る前に思っていた「ボーイズ・ラブ大好き女子向けな映画」そのまんまじゃんと思い始めた頃、40分くらい経ってからかな、アルモドバル監督が今更そんな映画作るか?と気づき始めたわけ。
人間の深いところにある想いや哀しみ、人生の残酷な面を巧みに描き出すことができる監督。たとえばミスチルの桜井さんが、今更「愛さえあれば人生これオール・ハッピー」な歌詞なんて書くわけないだろ、って感じに近い確信。

映画が後半になると、その確信は見事に的中。アルモドバル監督、一筋縄ではいきません。
前作「トーク・トク・ハー」で思い知らされた、語り口の巧みさに改めて恐れ入ってしまいました。
少年時代、神父に性的行為を強要され、やがて女装の男となった青年が、かつて恋心を抱いていた同級生を助けるために、神父のしたことを小説にしてゆすりに行く。映画の中で制作されていく映画ではそういう筋書きだった出来事が、現実はどうだったのかが解き明かされていくうち、人間の哀しみや人生の残酷さがしっかり浮き彫りにされていくんですよ。

若い時にカッコよかったヤツが、髪が薄い太ったおやじになっているのを見て「時って残酷」と思う時があります。当人にとっては長い年月の人生の結果にすぎないのだけど、過去の姿の幻影を思い描いて現実と直面した時、そのギャップにショックを覚え、勝手に自分がイメージしていた幻影のやり場に困惑することってありませんか。
時って残酷。「訪れ」が持ち込んだものは、自分は自分であるしかないことの再認識。
そしてもうひとつの残酷。かかわりのある人から「邪魔な存在」とレッテルを貼られること。自分の幸せをつかむために、その「邪魔な存在」を消しにかかる考えに取り憑かれること。
映画のタイトル「バッド・エデュケーション」は、すべての元凶となった神父の行為(=悪い教育)を指してますが、映画が描くのはその後の人生の行き先。

入れ子状に展開する少年時代以外のストーリーすべてに登場するガエル君。見事な演じ分けに役者魂をみました。女装が見事なだけではありません。
エンリケ監督を演じたフェレ君もいい感じです。野心家の役者アンヘルとして現れたガエル君が、かつての想い人だと分かった時の瞳の輝き、下心むき出しの視線。それが本心を出さず目的の分からないアンヘルに対して、しだいに視線が冷たく冷めたものになっていく変化。クリエイターらしい繊細さが加わって、アルモドバル監督の分身であるかのような錯覚を与えてくれました。

なんだかすごく長い文章になっちゃいました(苦笑)
あとちょっといい?アルモドバル監督の作品は、スペインのアート感覚も炸裂しています。ポスターが次々と破れていくグラフィックスがカッコいいタイトルバック。クリエイターはホアン・ガティという人。他にも部屋のインテリアの色遣いなど、人物以外にワクワクする部分がてんこ盛り。人物の光のあたり方が美しい!

そうそう!DVDのアルモドバル監督自身のコメンタリー音声で、2度目の鑑賞までしちゃいました。僕の映画の見方って、どっちかというと演出寄りなものだから、すごく勉強になりました。
その中で、神父と会話する女装のガエル君を「ジュリア・ロバーツみたいだ」とコメントしていたのですが、僕は「エロイカより愛をこめて」のエロイカ伯爵みたいだと思いました(またしても歳がバレる) 裸体姿もいっぱい見せてくれてますが、「君、首がちょっと短いのね」ってのが分かった。僕と同じだ(笑)
あと監督コメントでは触れていませんでしたが、ガエル君のアップで、やたらカメラ目線が多いのも特徴的な撮り方でした。これはポイント・オブ・ビューという「羊たちの沈黙」でも多用されていた手法。観客と視線が合うことで、直接語りかけてくる独特な緊張感を生み出すんですよね。「モーターサイクル・ダイアリーズ」で印象が強かったガエル君の目力が、この作品でもすごく発揮されてました。

BLOGのレビューをあちこち見ていても、あんまり大絶賛はされていない作品ですが、僕的にはかなり思い入れできる作品。ゲイの描写についてばっかり書いてるレビューは、「ハウルの動く城」でキムタクの声優ぶりがどーのこーの言っているような感じで、「で?なに?映画については?」ってものが多かったんだけど、普通の人はそっちに全部持って行かれちゃうものなのかな…(^^;

「バッド・エディケーション」公式サイト
・第57回カンヌ映画祭オープニング作品・ニューヨーク批評家協会賞外国語映画賞受賞
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  by tzucca | 2006-01-21 18:41 | → MOVIE

映画「Mr.&Mrs.スミス」

a0028078_1274399.jpg殺し屋の男と女がお互いの正体を知らずに結婚。だけどお互いの正体が分かった時、身元がバレた相手を48時間以内に消せという規定に従い、殺し合うことに!
っていう、CMや予告編でやってる通りのお話なんですけどね。
殺し合うって言っても、アニメのアクションみたいというか、昔で言えば「007シリーズ」みたいな感じ。ガンアクション部分はやっぱり香港ムービーなのかな。難しいこと考えずフツーに面白かったですよ(^^)

アクションや武器のギミックもいいんだけど、つまんなそうな夫婦生活の合間にお仕事をサクッとこなしていくところが笑えるんだよね。あはは、あんたたちおもしろーい。どーしてそこまでして夕食の時間に帰ろうとするのサ!(^^)
現実的にはありえない設定ではあるんだけど、夫婦ってどんなもんよ?って部分にけっこうリアリティがあって、男脳と女脳の違いを分析する本みたいに「なるほどねー」とか「そうなんだよねぇ」っていう描写が楽しいの。

正体が分かってからは、アクション全開。お互いトップレベルの殺し屋なんで、たんなる結婚相手からリスペクトが加わってきて、だんだんアスリートのペアみたいになっていくんだよね。その過程にある、一緒に暮らしてきた相手を仕事のレベルで分析して見直してみるというのが、新鮮な視点かも。

破壊され尽くしたマイホームからの逃走が、2人とも下着姿というのがイイね!
ブラピとジョリーというセレブ中のセレブが、スリリングなカーアクションをトホホな格好でやってのけちゃうあたり、SMAPが「SMAP×SMAP」でアホなコントやるのと同じような意外性と余裕です。

知っての通り、僕はブラピのファンなんで、そこそこの出来だったらブラピが出てるだけでもうOKなんです(^^; それでも最近のブラピ出演作の中では、一番よくできた作品じゃないかな。アンジェリーナ・ジョリーとのペアがともかく正解。女優としては、最初にキャスティングされていたニッコール・キッドマンの方が好きなんだけど、キッドマンじゃこんなにうまくいかなかったと思う。キッドマンじゃノースタントでここまでのアクションできなかっただろうし。

今のブラピ様ってイケメンとは言えないんだけどさ(笑)、セクシーなボディでやんちゃなオトナの男ってのが、とにかく魅力的。個人的には「セブン」「ファイトクラブ」のちょっとダーティなブラピ様が好みではあるんだけど、この作品のコメディ・センスはいい具合にツボだったみたい。男ってONもOFFもクールなわけじゃなくて、ここ一発っていう時以外はけっこうしょーもない生き物。そんな2面性を、へーぜんと演じてたのが良かった。

この映画のポスター・デザインは、最近の映画では一番のセンスですね。ブラピとジョリーの立ち姿が、なんと絵になることか!今後、夫婦であることをアピールする男女のデザインといえば、このポスター・デザインがテンプレート化していくことでしょう。と思っていたら、今年の年賀状でさっそく夫婦でパロディしている友人がおりました。なーいす!(^^)
@このポスターが貼られ始めた頃って、この映画をヒッチコックの「スミス夫妻」のリメイクものだと思っていたのでした(^^; 全然カンケーないTVドラマの映画化だったんだね。

(2005年1月8日 日比谷スカラ座)

「Mr.&Mrs.スミス」公式サイト
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  by tzucca | 2006-01-09 23:55 | → MOVIE

映画「秘密のかけら」

録画しておいた正月特番「古畑任三郎」を続けて観たのね。イチローってば役者としてもカッコええなぁ。表情がいい。複雑な展開を、笑いを交えて分かりやすく組み立てていく三谷さんの脚本もサスガです。
「古畑」の余韻が醒めぬままネットで正月映画の紹介を見ていたら、"複雑な展開と見事な構成"という言葉に目が止まったアトム・エゴヤン監督の「秘密のかけら」。映画好きの間では注目のアトム・エゴヤン監督ですが、僕はどれも未見でした。

a0028078_249144.jpg1950年代のアメリカで人気を博していたコメディアンのヴィンスとラニー。彼らがポリオ患者救済チャリティのテレビマラソン(24時間テレビみたいなもの)のあと、記者会見を開くため到着したホテルの部屋にある浴槽で発見された若い女性の全裸死体。その直後、ヴィンスとラニーはコンビを解消。まだタブロイド誌がセレブのスキャンダルを追う時代でもなく、事件はうやむやのまま闇に葬り去られた。
その15年後、テレソンでポリオが治った感謝を述べて全米の涙を誘った奇跡の少女が女性ジャーナリストに成長し、ヴィンスへ事件の真相を明かす本を出版するためのインタビューを申し込んだ。そこから明らかになっていく、ショービジネス界の闇、秘密をかかえて生きる人間の苦悩、そして事件の真相…。

映画は、ヴィンスとラニーの15年前と現在(70年代)を行き交いながら、女性ジャーナリスト・カレンの視点を加えて、さまざまなパーツを組み合わせながら展開していくんだけど、分かりにくくないんだよね。「古畑」みたいに、パーツの1つ1つが組合わさってひとつの塊になっていくにつれ、意味が深まっていく構成もおもしろかった。映画の冒頭、テレソンのオープニングに登場するヴィンスとラニーの顔が、ショーの前の緊張とは違う表情なのはどうして?からはじまって。
なぜラニーはロブスター料理がきらいなのか、彼らのホテル客室係だったモーリーンはなぜ死体となって発見されたのか…。
事件の真相は、たしかに意外なものでした。

映画の作りは多面的でとてもいいんだけど、ヴィンス=コリン・ファース、ラニー=ケビン・ベーコンの魅力がいまひとつなんだよね。15年後の彼らはいいんだ、でも全盛期の彼らが上り調子のオーラが出てなくて、「謎」に迫っていきたいと思う引力が弱いの。ヴィンスとラニーがマトモな人間すぎたのかも。いや、もうちょっと個性の強い若手役者の方がよかったんだろうな。
一番目を引いたのは、途中で出てくる「不思議の国のアリス」のコスプレをした美少女(謎)。その美少女とジャーナリスト・カレンが、ドラッグで決めて乱れるシーンが見どころになっちゃってる。その場所がハリウッドを見下ろすマルホランド・ドライブのあたりの邸宅で、雰囲気がちょっとデビッド・リンチしているのもいい。

カレンからインタビューを申し込まれたヴィンスが、「客観的な取材ではなく、取材している者がしゃしゃり出てくる」スタイルが流行っているということを言うのね。雑誌「CUT」等に掲載されるアメリカのロング・インタビュー翻訳を読むと、そういう書き方している文章ってほんと多いよね!「誰もあんたがどう思ったかなんて知りたかないのに…」と感じていたので、なるほどこの時期にそういうスタイルが確立されたのかと分かりました。
はじめはインタビュー内容をそのまま書くとフェアな態度を示していたカレンも、だんだん取材対象の世界と同化して墜ちていく様も、ストーリーの1ラインになっています。そう、この映画は何本ものストーリー・ラインが存在するので、あらすじを言葉をちゃんと書くのは難しいですね。あなたが目にする文章化されたあらすじのどれをとっても、映画をきちんと伝えているものはないと思いますよ。

アトム・エゴヤン監督の前作「アララトの聖母」を観たくなりました。


(2006年1月8日 日比谷シャンテシネ1)

「秘密のかけら」公式サイト
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  by tzucca | 2006-01-09 02:39 | → MOVIE

NEW YEAR CARD 2006



今年の年賀状はこれです。
印刷したものを出したみなさまにも届いたでしょうから、ここでも公開しますね。

例年のように年賀状らしくないイメージですが、これで不快に感じる方には送っていない(はず)なので、お許しください。
例年通りでないのは、今年は僕とゆいの顔を入れていないこと。ご無沙汰の無礼を詫びる意味もあって、毎年顔出ししていたのですが、今回は作りたかったイメージに合わなかったので止めました。
決して仲が悪くなったワケではなく(笑)、グラフィックス部分は僕が、「受信セヨ、増幅セヨ。」のコピーはゆいが作って、2人のコラボ作品になっています。

普段はWEBブラウザに表示させるための解像度72dpiで画像を作っているから、印刷するための350dpiだからやれるものを作りたいと思ったんです。複雑に重なり合う鉄骨の直線と電線の曲線を楽しんでいただけたらと。
印刷版に近いディティールを観ていただけるように、上の画像をクリックすると、幅800pixcelsの大きな画像が開きます。

写真の真ん中に写っているのは何?
と気が付いてくれたら、ニヤリです。さぁ、何でしょうねぇ。羽のついた人間が腕組みしているように見えますねぇ……。

表面には僕らの家族である猫さんたちを。4匹いる生活は、とってもにぎやかです。



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  by tzucca | 2006-01-04 17:39 | → WEB+DESIGN

はじめて厄除をした

a0028078_0181059.jpg数え年で43の今年、俺は「本厄」を迎えます。
20代の厄年は特になにすることなく過ぎたワケですが、厄年の意味するところの「体・心・環境等に変化衰退が現れる歳なので、すべての行動を慎まなくてはならない」がすっごくリアルに感じちゃう今日この頃ですもの。スピリチャルな力にすがって<厄除>をしておかねば、とすごく思っちゃって。毎年初詣に行く西新井大師さまにて、はじめて護摩祈祷をしてもらいました。

一応、西新井大師さまのサイトに行って、<厄除>のページをチェック。先に挙げた厄年の意味する文章は、そこからの引用です。
そこにはさらに「お大師さまとご縁を結び、健康管理等をしっかりして心静かにすごし、これまでの自分を反省するとともに、これからの自分をゆっくりと考える歳です。」という、寂しくなるようなテキストが続きます。たしかに体の変化・衰退は実感しておるですよ。でもね、これまでの自分を反省して心静かにすごすなんて、ムリしてもアップな生き方していこうとしている僕に、戦力外通告されているようじゃないですか。いや、いいんですよ、別に、心静かにこれまでの自分を反省しても。まわりがそれを許してくれるのならば!
じゃあ、これからは若手に面倒は押しつけて、おいしいところだけタッチしていくとしますかのう。ふぉっふぉっふぉ。

でね、はじめての護摩祈祷。受付にある申込用紙へ、住所と名前(漢字とふりがな)、どのランクの祈祷にするかを選択します。金額は3,000円、5,000円、10,000円の3つから。僕は5,000円のにしました。真ん中を選ぶあたりが小市民でございます。さらに文字がボールドになって「大護摩」というランクもあり、20,000円、30,000円、50,000円の3つ。をいをい、そんな持ち合わせはねーよ。でもこれって小市民には関係のない項目だからスルー。
申込用紙を提出すると、一番近い時間の会を言い渡されます。ちょうど10分後の会だったので、そのまま本堂へ。本堂前は護摩を待つ人で溢れかえってます。すでに畳はほとんど埋まっていて、端の方にちーっさくなりながら座りました。
a0028078_0184786.jpg

大音響で太鼓が響くと、緑、紫の衣をまとった僧侶さまがぞろぞろと登場。センターは赤の衣の僧侶さま。
そしてご祈祷がスタート。僕はステージの左サイド脇に位置していたので、こちら側にいる6人の僧侶さましか見えません(退場の際数えたら全部で21人おりました)。祈祷が10分も続くと、僕の前にいる人たちの頭がどんどん垂れてきて、急に視界が広がり護摩の儀式の炎がチラリと見えました。ラッキー。
やがて札の束を次々と炎にくぐらせるアクションとともに、祈祷の声もアップテンポに。太鼓もピッチが早くなってきました。
か、かっこいい!すごいすごい!気分が妙に落ち着いているのに、わくわくしてくる不思議な感覚。何かをする前、不安な気持ちが襲ってくるような時、こんな気分になれたならサイコーなのに!と思いながら、気が付けば気分爽快でさっぱりしている自分がいたのでした。なんだろう。なにか憑き物が落ちた?
祈祷が終わった後に残った1人の僧侶さまが、短いトーク。その中で護摩祈祷のあと、みなさんすごくさっぱりとした顔をされている、と言っていたので、自分だけでなくこれが効能なんですね。
祈祷が終わったら本堂下の広い部屋に行き、あ〜か〜さ〜と50音別の棚に置かれた、自分の名前の入ったお札を受け取って終了。

いやぁ、貴重な経験だった。これで厄が除けて通り過ぎてくれれば。
身近にありすぎてあまり知らなかった西新井大師のことや弘法大師さまのこと、もうちょっと知りたくなってきました。
あ。でも、お休みもう明日までじゃん(^^;
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  by tzucca | 2006-01-04 00:19 | → LIFE

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