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映画「2046」

ウォン・カーウァイが近未来SF?「2046」制作発表のニュースを目にした4年くらい前から不安と期待が入り交じり、制作中断のニュースを目にして「やっぱり完成しない映画になったか」と当然の成り行きのように思ったものです。カーウァイ・ファンのみなさん、みなそうだったんじゃない?

今年のカンヌ映画祭に出品され、ついに完成した「2046」がいよいよ日本公開。
カーウァイ映画の映像を司るクリストファー・ドイルのカメラらしい、スタイリッシュな映像で、ポスターやテレビCMの映像は、しっかりと近未来ものになっている。オーケー、彼らの才能とイマジネーションがあれば、そんなカッコいい近未来の映像を作り出すことはできるでしょう。でもそこに、どんなストーリーと人の心をカーウァイは描こうとしているんだろう?

観ると、テレビのCM映像からは想像もつかない、まぎれもないカーウァイ映画になってました。つまりは、いつもながらのカーウァイ映画です。(ハリウッド的なSF娯楽作を期待していると、ハズされますのでご注意を)
過去を忘れ去ろうと努めれば努めるほど、過去の記憶が鮮明に蘇る。「今」の時点で未来を思い描くのは、「今」の願望をゆだねること。
1960年代に生きるチャウ(トニー・レオン)が、周囲の男女をモチーフに描く近未来小説が「2046」。でも「2046」に描かれる世界の真実は、すべて1960年代の現実にある。かなわぬ恋を経験した人なら、心が共鳴してしまうところがあるはず。
そして、小説を寂しい終わり方にさせないよう悩んだ小説家がした、ちょっとした親切。それが小説家の最高の笑顔につながります。

(以下、ストーリー上のネタバレはしておりませんので、安心してお読みください。)

「HERO」で、おいしいところを持っていきすぎのトニー・レオンが、この「2046」でもすべてを持っていきます。やべーよ、またトニーのファンが増えちゃうじゃん(笑)カーウァイの日本での出世作「恋する惑星」で、世間は前半部の金城武に注目したけど、俺は後半部のトニー・レオンに目をつけてたんだぃ!(笑)

「2046」は、カーウァイの過去の作品「欲望の翼」と「花様年華」のその後にあたる物語。といっても続編ではありません。「花様年華」で、人妻スー(マギー・チャン)との実らぬ恋に失意のチャウ(トニー・レオン)が、「2046」では一時の恋しか受け入れぬ遊び人の男となって登場。この設定を他の俳優がやったら、許せんヤツ!となってしまいそうなのを、寂しげな目つきでやさしく笑顔を作る必殺技を持つトニーがやると、「この男なら…」と許せちゃいそうなのが、ズルイです(笑)
ちなみに「花様年華」でチャウとスーが逢瀬を重ねていたホテルのルームナンバーが、2046だったんです。このあたり「攻殻機動隊」のラストで、次に会う時のキーワード2501が、つづく「イノセンス」で何の説明もなく度々画面に登場して重要な意味を持っているのと似てますね。

思えば、これまでのカーウァイ作品って、ほとんどを男の立場から恋愛を描いてたように思うのね。でもこの「2046」は、女性の側に立って痛い恋の姿を描いていたと思いました。それは、フェイ・ウォン、チャン・ツィイー、コン・リー、カリーナ・ラウら豪華女優陣の、技術だけでない演技のたまものでしょう。透明な空気感を漂わせるフェイ・ウォン、強気と弱さを交錯させながら濡れ場もみせたチャン・ツィイーがとくに素晴らしい。
けれども。「花様年華」が恋愛映画のマイ・ベストである自分にとっては、主人公チャウの心に焼き付いているマギー・チャン、その艶やかさと切なさの大きさが、この映画の女優陣すべてとイコールになるくらい存在感があったことを思い知ります。だからこそ、回想シーンの中で一瞬登場するマギー・チャンに、拍手喝采!

そして、この映画の話題といえば、キムタクの映画出演。
どんな役でどれくらい画面に登場しているのか、あまり事前情報入れずに観た方がいいと思います。正直、とても良かった。目の動き、口を出る言葉の調子で、キモチがビシバシ伝わってきます。

最後に映像の話。この映画は、カーウァイ映画初のシネマスコープ・サイズ。画づくりのうまいカーウァイと、フォトグラファーの感性を映画に生かしたドイルが、この横長サイズの画面をどう料理するんだろう。これは見物です。顔を極端に端に寄せたり、壁や物影ごしに見たり、何かに遮られて画面のすべてが見えないんです。相手の心が分からず、不安定になっていくキモチを現すように。一部分隠れて見えない部分があるにしても、ほとんどは分かるんですよね…。でも分からなかった時、それを隠された部分のせいにしたい。そんな心境が行き交う仕組まれた映像。足下や手つきにも注目です。フィリピンでの湿気を感じる空気感も見事です。

(2004.10.24 品川プリンスシネマにて)

@キャストに入っているチェン・チャンは、びっくりするほど出演時間が少ないです。でもカッコいいですよ。

@ひさしぶりにお姿を拝見したコン・リーは、びっくりするほど山口百恵に似てました。彼女のエピソードをもっと長くしてくれても良かったと思うんだけど。

↓だから、近未来ラブストーリーというワケじゃ…。ミニシアター公開でないと、こういう売り方じゃないとダメなんスかね?またJAROに注意されちゃいますよ(^^;
2046公式サイト

「2046」(2004年)
監督:ウォン・カーワァイ
制作国:香港/中国/フランス/イタリア/日本合作
上映時間:130分 ドルビーSRD
配給:ブエナ・ビスタ・インターナショナル
提供:電通/フジテレビジョン/レントラックジャパン/マガジンハウス/J-WAVE/メディア・スーツ

10/29追記

TBいただいたHitomiさんのBLOGコメントで紹介されていた、ウォン・カーウァイが監督したDJシャドウのPVが超カッコいい!
http://www.djshadow.com/
にアクセスして、MEDIA PLAYERのVideoにある「Six Days」という曲です。
ラストにブルース・リーの言葉を引用して、本編もアクションを扱っているのがちょっと新鮮。


映画のあとのお食事については、ゆいのBLOGへ
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  by tzucca | 2004-10-25 01:34 | → MOVIE

映画「ヨーロッパ」

a0028078_4143424.jpg夜行列車のライトで照らし出される、流れ去っていく線路。
すぐ耳元でささやくように、男の声が重なる。
「私の声を聞きなさい。ヨーロッパの奥深く、あなたを連れて行こう。…1から10まで数えます。10数えたら、あなたはヨーロッパにいる」
たどり着いたヨーロッパは、第二次世界大戦直後1945年のドイツ・フランクフルト。

催眠術によってストーリーをナビゲーションするなんて、それだけでも幻惑的な映画なんだけど、ドイツ表現主義をベースにした凝りまくった映像によって、一時現実を忘れる映画体験ができる作品です(ただし前半は暗い画面が多いので、テレビ画面よりもスクリーンで観るべき作品かと)
娯楽作品とは呼べないかもしれないけど、映画表現の面白さと完成度から、僕の好きな映画ランキングではかなり上位。

とにかく映像の完成度がすごい。
人物の背景が、心にひっかかった言葉の文字になったり、電話で話している相手の顔になったり、別の場所に移りかわったり。萩尾望都のマンガで、心の内面や世界観をいっぺんに表現する合成画面のようなページがよく出てくるんですが、まさにあんな感じなんですよ。ただし、暗いモノクロ画面でシュールなイメージを形成しているのですが。そのモノクロ画面の中に、浴槽から溢れ出た血の赤が流れこんでくるインパクト!まさに催眠術で経験するであろう、浮遊した主観的な世界。

a0028078_3274190.jpg催眠術は、映画を観ている「あなた」に向けて語りかけてきますが、その「あなた」に変わって映画の中に登場するのが、「グランブルー」でジャックを演じたジャン・マルク・バール(この映画では全然カッコよくない)。敗戦直後のドイツに、アメリカから"ささやかな親切をしめすため"にやって来たレオナルド・ケスラーという男が、バーチャルな「あなた」となります。
ケスラーは、一等寝台車の車掌の職を得て、よく分からないまま乗車勤務につきます。
そのケスラーの前に「美女」が現れる。彼女は、鉄道会社ツェントローパ社長の娘カタリナで、敗戦敵国にやってきたアメリカ青年に興味をもって近づいてきました。夕食に招かれた彼は、そこで米軍情報部のハリス大佐と出会い、ドイツ側の諜報活動を依頼されます。
敗戦と混乱、占領米軍と反米組織「人狼」、今観るとまるでイラクの現状を比喩しているかのような状況。
カタリナは、元「人狼」であることをケスラーにカミングアウトし、やがて2人は恋に落ちる。だが「人狼」メンバーが彼女を埒して、ケスラーに列車を爆破する計画の実行を言い渡されるのですが…。

ただ漂っているだけのケスラーが、濃ゆいキャラクターに囲まれて重大な任務を負うことになるのは、バーチャル・ゲームのよう。
合間合間に催眠術のナビゲーションが入るのですが、それは決して観客とイコールではなくなっていくんです。観客は、だんだんと強引にこの世界につなぎ止められていく窮屈感を味わいます。
そして、「10数えたら、あなたは死ぬ」というナレーション。自分のことじゃないと分かっていても、脱出できないケスラーのもがきとともに心臓がドキドキ。
でも決して解放してはくれない。術を解いてはくれない。いつまでもヨーロッパの幻影につなぎとめられたままとなるのです。

この映画を作ったのは、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のラース・フォン・トリアー。初期となる劇場用長編3本目の作品です。
「ヨーロッパ」が1991年カンヌ映画祭に出品された時、その完成度の高さから、トリアー監督自身相当に自信があったのでしょう。最高賞であるパルム・ドールが、コーエン兄弟の「バートン・フィンク」に与えられた時、受賞していた審査員賞とフランス映画高等技術委員会賞の楯をステージに叩きつけちゃったらしい(^^;

緻密な映像設計による作り込んだ画面を特長としたトリアー監督は、以降、実験的な精神はそのままに映像スタイルがガラッと変わりました。
大病院を舞台に風変わりな人間模様とホラーを合体させたTVシリーズ「キングダム」で、現場の照明をそのまま使い、手持ちカメラによるラフな撮影を、編集でリズムをつける独特な手法を確立。
やがて、描く世界のリアル感をモットーとする「ドグマ」という映画制作手法の誓いを宣言し、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「ドッグヴィル」など救いのない映画を次々と発表していくのでした。
映画作家としては、新作への期待と注目を浴びる人ですが、知り合いにはなりたくないかもです(苦笑)

「ヨーロッパ」EUROPA
監督:ラース・フォン・トリアー 
制作国:デンマーク/フランス/ドイツ/スウェーデン
上映時間114分・公開1992年10月
DVD info.amazon TSUTAYAicon

◆記事の中で触れた「ドイツ表現主義」を代表する映画といえば、『カリガリ博士』と『吸血鬼ノスフェラトゥ』。それらの作品解説とゴシックロックの関係を、分かりやすく語った記事がネット上にありました→「怪奇映画とゴシックロックの親和性」
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  by tzucca | 2004-10-24 03:09 | → MOVIE

濃厚カルトムービー「ホーリー・マウンテン」

とんでもない映画ですよ、マジに。神秘主義が好きで、反道徳を笑って楽しんじゃう人には、すっごいごちそう。「映画はストーリーでみる」というフツーの人は、ついていけないから手を出さない方がいいですね。
現実逃避して、ちょっとトリップしたい時には、うってつけの映画です!

80年代前半に巻きおこった、アンダーグラウンドで人気を得ていたカルト・ムービーのブーム。クローネンバーグの「ビデオドローム」あたりがきっかけだったと思うんだけど、そんなブームがなければ観られない作品が、やたらビデオでリリースされた時期があったんですよ。
そんな中、上映もされないしビデオにもならない幻のカルトムービーってのがあったわけ。アレハンドロ・ホドロフスキー監督の「エル・トポ」。ウエスタン+LSD体験と言われたこの作品、ジョン・レノン氏が熱狂のあまり版権を買い取って秘蔵しちゃったからもう人の目には触れることはない、と当時言われてました。
それが、1986年の東京国際ファンタスティック映画祭で上映、ついにビデオ発売されることに!観に行きましたよ、当然。言葉でどう感想を言っていいものか、という衝撃度&負のエネルギー。伝説化した理由がよく分かりました。

a0028078_12321573.jpgでも幻はまだ残ってました。ホドロフスキー監督の2作目「ホーリー・マウンテン」。やたら広い空間に、全裸に近いスジ筋な男が立っている1枚のスチール写真。気になります。宗教的な映画なのか?SFなのか?または幻覚世界?
その幻を解禁してくれたのも東京国際ファンタスティック映画祭。
「エル・トポ」の狂気なビジョン部分をぐわぁぁ〜とスケールアップした、期待以上のヘンな映画でした。
これって鈴木清順でいえば、「ツィゴイネルワイゼン」のあとの「陽炎座」と言えるかも(分かる人にしか分からないね)。

a0028078_1717513.jpgストーリーはあるんですよ。
キリストを思わせる風貌の半裸の男が、磔になっているところを小人に助けられる。町でイケイケなおねーちゃん軍団とすれ違い、その中の猿を抱いた女が彼に心ひかれる。大量なカエルの見せ物のあと彼は捕らえられそうになって、町中に立っている巨大な塔によじ登って逃亡。その塔の中で錬金術師と出会い、選ばれた8人の男女とともに、不老不死の世界を支配する賢者が住むという「聖なる山」への旅に出る。その道中、猿と一緒の女が、男をずっと追っていくというストーリーが。
でも、ストーリーはこの際、どーでもいいの。どーでもよくなってくるの。
バラバラなピースそれぞれのエピソードと、その映像のインパクト、世界観の濃厚さに、「すっげー」と口をぽかんとあけて、思わず笑っちゃえばいいんです!

とくに、太陽系の惑星に守護された7人の人物のエピソードが傑作。
子供を楽しませる道化が、化粧を落とすと女王的な女社長となり、世界各地で起こる戦争やクーデターを予測して、15年後なんの躊躇もなく予想敵国の人間を殺せるオトナになる刷り込み効果をしたおもちゃや日用品を開発しているとか。
古代ローマ世界を彷彿させる世界で、戦士の姿をした警察署長が、少年の睾丸をハサミで切断し、ついに1000個めの睾丸が集まったと喜び、半裸の少年らに囲まれて崇め讃えられているとか。
こんな悪の業を極めたような人間が次々と登場。比喩的な意味があるとしても、金のかかった「モンティ・パイソン」みたいに楽しめました、このあたり。

メキシコ映画史上最大の150万ドルの制作費で、こんなヤバイ内容のアンダーグラウンド・ムービーを作ったことが、後にも先にも奇跡と呼べるかも。
(制作費160億円でひたすらおバカをした「オースティン・パワーズ・ゴールドメンバー」って奇跡もありますが)
ホドロフスキー監督は、グルジェフ思想に影響された神秘主義な人で、タロットの世界でも有名なようです。たしかにこの映画には、タロットカードのシンボルが散りばめられてます。

やたら狂気じみたイマジネーションで彩られた展開が、「聖なる山」への旅にいたると、突然登山ドキュメンタリーみたいになってくるんですよ。それも笑いどころなんですが。そして物議を醸し出すラストシーン。それもアリでしょう、って思ったけど、人によっては「無責任!」「バカにするな!」と怒っちゃう人もいるようで。
そんな怒らなくてもさ、どんなに現実に目を向けて生きろって言われても、あんたたちと僕らとじゃ、絶対同じ現実じゃない、と思うからいいんじゃない?
いや、もしかしたら、同じ現実なのかな…。

「ホーリー・マウンテン」(The Holy Mountain)
1973年/アメリカ=メキシコ合作 114分


アレハンドロ・ホドロフスキー3部作 DVD
「エル・トポ」(1970年・アメリカ=メキシコ)
「ホーリー・マウンテン」(1973年・アメリカ=メキシコ)
「サンタ・サングレ 聖なる血」(1989年・イタリア)

お金のある人には、上記3部作に処女作「ファンド・アンド・リス」とインタビュー集DISKを加え、ホドロフスキー・オリジナルタロットカードがセットになったBOXもあります。昨年のリリースなので、在庫があまりないみたい。ネットで探してみると…(でもいいお値段なんだよなぁ)
アレハンドロ・ホドロフスキー DVD DE-LUXE BOX(amazon)
アレハンドロ・ホドロフスキー DVD DE-LUXE BOX(代引OK)



CINEMART:アレハンドロ・ホドロフスキーDVD DE-LUXE BOXサイト
→なにげにカッコいいサイトだ…。
┴cinemum┘:特集アレハンドロ・ホドロフスキー
シネマ・ギロテスク:ホーリーマウンテン
→DVDのインタビューにまつわるバックストーリーが面白い。ネタバレ有。
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  by tzucca | 2004-10-21 01:59 | → MOVIE

「Pen」最新号は映画のデザイン特集です

a0028078_1405538.jpg映画のタイトル・シークエンスは、音楽CDのジャケットのようなもの。デザインに凝ったとしても、モノが良くなければ浮いたものになってしまう。
でもカッコいいタイトル・シークエンスがある映画は、出だしから気分を高めてくれるから、その後の展開がどうあれ「タイトルバックがいいから許す」となる場合が多い。

新しいところでは「スパイダーマン2」のタイトルバックがカッコよかったよね。そんなタイトルバック・デザインにはソウル・バスという巨匠がいらっしゃるんです。50〜60年代に活躍したモーション・グラフィックスの神様です。
シンプルなオブジェクトでコンセプチャルなシークエンス、Flash全盛な今だからこそ彼のすごさが再認識されるというもの。
今号の「Pen」は、ソウル・バスをはじめとするタイトル・デザインの名手たちを特集。なんてステキな特集!永久保存版だわよ!
ソウル・バスの「黄金の腕」「悲しみよこんにちは」「めまい」、モーリス・ビンダーの「シャレード」「バーバレラ」、パブロ・フェロの「博士の異常な愛情」「華麗なる賭け」などのフィルム焼き画面が見られるのが涙もの。

また、予告編やポスターが余計な先入観を与えるのを嫌ったキューブリックの、断片をシンボリックに用いたポスター群、世界各国版の「スター・ウォーズ旧3部作」ポスターの珍作、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」に代表される白い余白とモノクロ写真で構成されたポスターなどなど。映画にまつわるグラフィック・デザインに興味のある人にはビンビンな内容。さあ、本屋に走れ!

でもね。「セヴン」でタイトルバックの存在を強烈に思い出させてくれた、カイル・クーパーがまったく紹介されていないのがなんで?
次のためにとってあるのかな。
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  by tzucca | 2004-10-02 01:35 | → MOVIE

「スウィングガールズ」これは二重丸!

矢口史靖(やぐちしのぶ)監督が、<男子高校生のシンクロ>に次いで映画の題材に選んだのが<女子高校生のスウィングジャズ>。体育会の男のカラダの動きに比べて、演奏する女の子ってのは、画としてのダイナミックレンジがキツイんじゃないかなぁ、と思っていたんだけど、なんのなんの「音」が利いたすげー面白い映画になってるじゃありませんか!

「ウォーターボーイズ」の<マンガ>みたいな画面展開が、今回の「スウィングガールズ」ではよりパワーアップ。その見せ方もかなりこなれていて、「ウォーターボーイズ」の成功が、どれだけの力になったか観ればわかるって感じです。突っ込みを入れたくなる部分も、それを口に出す前に次のねたを差し出される勢いのよさで、最後の演奏シーンまで一気に。その吹き替えなしの演奏シーンでは、スクリーンに向かって思わず手拍子入れたくなるくらい成功してるのがニクイ!
きっと今年の秋以降の学園祭では、女の子のスウィング・ジャズ演奏があちこちであるんでしょうねぇ。

「ウォーターボーイズ」以前の矢口監督作品って観てないんだけど、僕も大学時代に作った自主映画をPFFに応募したことがあるので、PFFでグランプリとった監督ということでチェックはしてました。ってなことでレビューを目にしただけの知ったかぶりだけど、現実の中のあり得ない状況をかいくぐる女の子をマンガ的に描くのがウマイ人なんじゃないかと思うんですよ。「ウォーターボーイズ」初版DVDに収録されていた女子高校生3人組のショートビデオもよかったしね。
「スウィングガールズ」も、<スウィングする女子高校生>というねたから、よくここまで話を膨らませることができるよなぁ的にマンガちっくな展開が続くんだけど、ともかく女の子たちがウソっぽくなく生き生きと輝いていて、うまいなぁ〜と。適当にだらしないところの見せ方がいい!

主役の上野樹里って、見かけだと落ちこぼれ集団の中心的存在というかトラブルメーカーって印象じゃないよね。どっちかというと集団の流れについていくだけって感じがするんだけど、映画の中では自然と彼女のペースに引っ張られてトホホな展開になっていくのが面白い。メイン4人の女の子がそれぞれいい味を出していて、映画を強力に引っ張っていくんだよね。そのせいか、画面に出るだけですべてを持っていってしまう竹中が、今回は役柄のせいかちょっと控えめな存在に。
ちなみにキャラの中では、マジメで地味な関口さん(本仮屋ユイカ)が妙によくって、気に入っちゃった。あの小走りがいい!(照)

唯一のボーイズ、平岡祐太。僕と小学校〜高校まで一緒だったW君にそっくりなんだ、これが。顔つきが似ていると、しゃべり方や歩き方まで似てるんだね。映画の中とはいえ、「がんばれよ!」とついつい応援。

都会的でクールなスウィング・ジャズを演奏するのが、女子高生だというギャップをさらに際だたせるために、舞台を山形にしたのかな。
でも山形の言葉がいい味出しまくってましたよ。山形出身のM君が、ニュアンスの出し方がうまかったと言っておりました。すぐメソメソする兄弟デュオのしゃべり方は「やりすぎ」らしいですが。あのデュオの歌、次のシーンに移っても耳に残る強烈さがありましたね。

あら。また長くなってきちゃった。
最後に、エンドクレジットでナッキン・コール「LOVE」に合わせて、キャストが口パクするところ、大林監督の「時をかける少女」みたい…。ちょっと涙もの。

(9月22日 日比谷みゆき座)

「ウォーターボーイズ」と同様、「スウィングガールズ」にもサイド・ショートストーリーが7本あるそうです。DVDになった時のお楽しみですね。


「SWING GIRLS」スウィングガールズ・オフィシャルサイト
◆矢口史靖監督のファンサイト「矢口史靖サイト 矢口ちゃん」
◆「スウィングガールズ」のモデルとなった兵庫県立高砂高校ジャズバンド部
◆Apple QuickTime「スウィングガールズ」予告編ムービー
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  by tzucca | 2004-09-27 00:59 | → MOVIE

「華氏911」は来年でなく今観ておく映画

深夜TVで、ピーター・バラカン氏が司会を務める「CBSドキュメント」という番組があります。長年この番組を観ていると(最近は観てないケド)「アメリカって病んでるよなぁ」と確実に刷り込まれちゃいます。「確実に数年後の日本はこうなっていくんだろうなぁ」と思ってた通りに日本もおかしくなってきてますが、アメリカさんはさらにブッちぎりでおかしくなってるし。

ITやインターネットで世界を先導しているアメリカなのに、あの大統領選での開票トラブルには「何やってんの?どうしちゃったの?」って思ったもんです。結局大統領となったブッシュをニュースで観たときは、「政治家というより企業の重役みたいなオーラを持った人」という印象だったっけ。

映画「華氏911」は、あの大統領選は結局何だったの?というところからはじまり、9月11日に起こったことを、真っ黒な画面に音だけでみせています。
マイケル・ムーアの声が聞こえてきそうです(実際のナレーションではないよ)
「見せなくてもみんな何が起きたか分かってるね。じゃあこれから僕が、みんなの知らなかったことを見せてあげるよ。」

マイケル・ムーア節と言われる、持論をハイテンションで畳みかける展開に、「鵜呑みにするとヤバイかも」という警戒リミッターが働きだしちゃう人も多いでしょうが、僕は好きです、彼のノリ。ヒップホップなカルチャーやノリに近いからかもしれないケド。
鵜呑みにしようがしまいが、日本のメディアで目や耳にした出来事を扱っていて、その度わきおこる「なんでアメリカの国民はそれを許しちゃえるわけ?」という疑問に、直球RESをつけてくれたかのような痛快さを感じました。

だって、やってることはワケわかんないゴリ押しなのに、言論統制やメディア規制で、アメリカからそんな声が聞こえて来なかったじゃないですか。急速に保守的な人格に塗り替えられたように見えた、海のむこうの大国。(あのマドンナでさえ…抑えていたんだと思う)
「じゃあ俺が言うしかないってか?」と立ち上がったムーアが、映画という手段でケンカを売ってかかった作品、それが「華氏911」。

ケンカを売られたのは、ブッシュ大統領。
なんでブッシュかといえば、9.11とその後のアメリカを描こうと思ったら、他の誰でもない、ブッシュを切り口にするのが分かりやすく語るのに最適だったからでしょう。
切り口=標的と定めたら、笑いの味付けを忘れずにつっこみしまくるムーア。そこに普通のドキュメンタリー手法で、貧困層の若者が軍に入るしかない状況をリミックスさせ、所詮アメリカの正義っていうのは裕福層の金と石油の利権を守ることで、国民全部を守るためじゃないんだよ、とおびただしい量の映像フッテージのリミックスで教えてくれます。(日本では知られたことでも、アメリカでは報じられていなかったことが多いのでしょう)

そう、この「華氏911」は、「ボーリング・フォー・コロンバイン」のように、ムーア氏自身が突撃取材するシーンがほとんどなく、まるで彼の講演をサポートする資料映像を観ているような映像作品です。笑える場面はいっぱいありますが、ムーア氏がナレーションに回ったことで、割と冷静にケンカ売ってます(笑)
そのせいで、映画的な面白さは「ボーリング・フォー・コロンバイン」の方に軍配があがるんだけど、見終わったあと何かしら議論なり意見を言いたくなるのは、「華氏911」の方が上かもしれません。
ムーア氏に企みがあるとすれば、事実と推測をまぜっこすることで、その割合のしきい値を観た人それぞれに設定させること、そのための議論や意見を言うきっかけを与えることなんじゃないかと感じたし。長文読解問題の「長文」部分って感じ。

映画の中で一番印象に残ったシーン。それは、シンプルなインタビューでした。イラク戦線へ再招集を拒否することで投獄されることになっても、あんな行為をもう2度と自分に許したくない、とまっすぐカメラに向かって語る黒人の伍長のシーン。
彼の中に芽生えた正義感こそ、ハリウッド映画が描き続けてきた正義ってものじゃなかったっけ?
殺戮する時にピッタリのロックを笑顔でしゃべる米軍兵と、自分の行為を許せなかった黒人伍長。イラク戦争を報じるニュースの影には、こういう人間がいることを映像で見せたってだけでも、この作品の価値はあるってもの。

ムーア本人に対する好き嫌いは別にして、またタランティーノがカンヌで賞を与えたというお墨付きだけを根拠にするのも別にして、観たあと誰かと話したくなる映画として、"今"観ておくべきだと思いました。"来年"だと味が変わっちゃう可能性があるし(^^;

@TVからの画像が多いから、映画を観ている感じがしないという感想を持つ人のキモチも分かります。でも、SFXで役者が安全な状態でハラハラドキドキな画面を作り出すアメリカ映画よりも、緊張感ある映画体験でした。
〈映画の可能性〉に評価の重点を置くカンヌ映画祭で賞を得たことは、ジャンルの定義や技術面を飛び越えて、あえて映画という手段を選んだ「吠えメール」に、今でしか与えられない評価をしたんだと思いますよ。今度タランティーノが、自作でムーア調表現を取り入れたりすると、政治的でないパルムドールの価値が再認識されるだろうね。

@この作品が、大統領選へどの程度影響を与えるか…。トホホな存在であっても、ブッシュでないと困る企業もいっぱいあるんだろうなぁ…。それにブッシュ以外の誰か、の選択肢が1つしかないのも「病の原因」かも。

(8/22 ヴァージンシネマズ六本木)

◆「華氏911」に関する批評では、ももちき☆さんの『エイガ・デ・コルテ』の文章がサイコーでした。3日に渡って展開するこの映画の見方をぜひものでチェック!
http://plaza.rakuten.co.jp/thoughts/diary/200408230000/
http://plaza.rakuten.co.jp/thoughts/diary/200408240000/
http://plaza.rakuten.co.jp/thoughts/diary/200408250000/

マイケル・ムーア日本語版オフィシャルサイト
→「マイケルからのメッセージ」がおもしろい

「華氏911」オフィシャルサイト(日本ヘラルド)
→予告編やポスターで使用されていた、手書きレタリングで作った「華氏911」のロゴが気に入ったのに、このサイトやパンフでは使用されてないのね。

「華氏911」とイスラエル:「華氏911」はブッシュ批判に終始しており、ネオコンとイスラエルについて触れず。「謀略をやっているのはムーアの方ではないか」

→僕が思うに、映画として1人でも多くの人の目に触れることと、映画作家のスタイルから、まずエンターテイメントとして成立するものを考えたんだと思うよ。アートなドキュメンタリーでなく、下世話ネタしか興味ない人まで引き寄せるには(^^; だから、的を1つに絞ってわかりやすくしたというのが本音だろうと思うんだけど。
何を取り上げて、何を取り上げていないかを含め、見終わったあと、論議が起こること、それがこの映画の企みだと思うです。

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  by tzucca | 2004-08-30 23:18 | → MOVIE

正義は無料ゆえ…『スパイダーマン2』

1作目が思った以上に出来のいい映画になっていたので、料理のおいしかった店を再び訪れるようなキモチで2作目を観にいった。うん、今度もしっかりおいしかった!素材の味を活かしつつ、ほんのりビターな味付けは口当たりよく仕上げられていて、昔ながらの高級とはいえない食材を使いながら、ダイナミックで奥深い味覚を楽しむことができました。

ふふ、これが映画の感想。「死霊のはらわた」でデビューしたサム・ライミ監督を一流のエンターテイメントだって料理できる鉄人へ押し上げた前作が、決してマグレではなかったことを実証してみせた続編でした。

アメリカン・コミックスのヒーローはいろいろいるけれど、スパイダーマンが特殊なのは、宇宙から来た超人でも変わり者の富豪でもない、ダウンタウンに住むふつうの庶民が、ふとしたきっかけで正義を守る使命を背負うことになっちゃったところ。

1作目で設定の説明に費やされた時間が、2作目ではヒーローの素の姿を描くことに費やされています。突発的に起きるトラブルの解決に追われ、自分の生活ペースはめちゃめちゃ、本当のことを言えないことから周囲との間に溝が深まってしまい、家賃さえ払えない貧乏大学生ピーター。ヒーローのオフタイムは、実はとってもお気の毒な人だった!
スパイダーマンの善行は、無償だもんね。ヒーローといえど、生活していかなくてちゃいけない。ヒーローとして自己犠牲を強いられながら、どんどん自分の人生が荒んで自分を見失っていく様って、多忙な日々を送っているオトナには涙もののリアルさじゃない?
スパイダーマンとして摩天楼の間を飛び去っていく爽快なシーンと対局する、
自作のコスチュームをコインランドリーで洗濯して、一緒に入れた白い靴下とパンツに赤と青が色写りしちゃうなんていう、冴えない日常生活の描写がやたらいい味出しています。これはサム・ライミ監督のセンスだよなぁ。

新聞からは悪者扱いされ、好きな女の子は他の男と結婚する。自分は何のためにこんなことしてるんだ。しかも最近、糸が発射できなくなって転落しちゃう不調もある。
そう、スパイダーマンもストレスによって、自律神経が失調しちゃうんです。
かわいそうだよ。せめてスパイダーマンの意匠登録で、版権収入を得るくらいのこと、ヒーローでも許されるんじゃ?って思う僕。
でも必要なのは、本当の自分を知って理解してくれる人がいてくれること。キレイ事じゃなく、マジでそういうものじゃない?

これって見せ場全部じゃん!と思っちゃう予告編で、観た気になってしまう人も多いと思うけど、あれはハデな部分の寄せ集め。本編は、テンポのいいストーリーにダイナミックなアクション、ヒーローの葛藤にロマンスを詰め込んだ、最高のエンターテイメントです。ぜひ、そのおいしさを味わって欲しいです。

ちなみに同じ日、『スチームボーイ』も観たのですが、2作品ともどうして科学者ってのは常識を越えることに熱中して、えらいことしでかしちゃうんですかねぇ(^^;
今回登場する「ドック・オク」は、原作では最強の敵とされているやつ。自在に動く4本のアームがカッコいいぞ!

カッコいいといえば。映画のオープニングでは、本編の見せ場をアレックス・ロスのイラストで断片的にみせていくのですが、そのグラフィック・ワークがやたらカッコいいので、出だしからもう「間違いない!」Flashムービーを作っている人は、ここだけでも必見!

『スパイダーマン2』オフィシャルサイト
スパイダーマート:DVDからフィギュアまで選りすぐりのスパイダーマングッズが集まっています。
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  by tzucca | 2004-07-24 02:24 | → MOVIE

絵が動く動く!『スチームボーイ』

[ネタばれはしておりません。安心してお読みください。]
劇場版アニメ『AKIRA』から16年。たぶん多くの人が、『AKIRA』以上のサイバーSFアニメを期待したであろう大友克洋監督の新作は、19世紀のロンドンを舞台にした蒸気機関の巨大なパワーをめぐる冒険活劇と聞いて、「なんで?」って思ったかもしれないよね。僕もそうでした。

『AKIRA』を作って以来大友さんは、描いた絵が動くというアニメーションの魅力に、すっかり取り憑かれたのでしょう。
『スチームボーイ』のすっごいところは、とにかく描いた絵が動く動く!
もちろんCGを導入した部分もあるけど、全編微塵の乱れもない統一感で描かれた動画は、力のあるクリエイターが7年もの歳月をかけただけの極上品。
やたら動くといっても、ディズニー・アニメのようにぐにゃぐにゃしているワケでなく、やたら髪の毛だけなびくアニメの2次元的常套表現を追究しているワケでもない。キャラクターが、自分の意志や無意識から自然にカラダを動かしているのを、丁寧に描いているんですよ。まさに〈アニメーション〉の語源通り、見慣れた「平面の大友キャラ」に、〈命が吹き込まれた〉かのようでした。

人物キャラとともに、独特なレトロ・メカのデザインもすごくいい。そして大友さんの才能の1つでもある、多彩なアングルと構図の力。ここまで画づくりのうまい映画はそうないですよ。スチーム城コントロールルームでの、ルーペを重ねてズーム・イン&アウトさせる見せ方なんて、アクションの少ないシーンで画面密度を作りこんでいく匠の技って感じでした。

たぶん『AKIRA』の系統を今やるとしたら、『イノセンス』のようにCG&デジタル処理のオンパレードになっちゃうのを、あえて動画の持つ魅力を発揮できる題材を選んだのでしょうね。
CGやデジタル処理をあくまで表現を実現するためのツールとして使い、アナログな職人芸的力量を発動させるのに、無骨でやたら重量感のある蒸気をエネルギーにしていた時代を舞台にするのって、なるほど納得のマッチング。

ストーリー的には、このまま宮崎さんが作っても成立しちゃいそうな、『未来少年コナン』や『天空の城ラピュタ』のような発明少年レイを主人公にした冒険活劇。
でも、大友さんが宮崎アニメ風冒険活劇アニメを作った、ってだけではないですよ。
なんでも蒸気で機械を動かしちゃう時代がかつてあった、というところから、あーんなクライマックスに持っていっちゃうのは、さすがサイバーな大友さんの持ち味でしょう!
電子チップではなく歯車と蒸気出力レバーで制御される機械の描き込みも、さすがの大友ワールド。鈍い色をした金属の質感表現も究極です。ああいう機械にわくわくしちゃうのって、子供の頃学研の「科学」の付録にわくわくしたキモチを思い出しちゃう。
あとは人物設定が特徴的。登場するほとんどの大人が、いかにもな悪人や、とことん善人という単純なキャラ設定でなく、立場によって自ら正しいと信じる行動に出ているという点も、宮崎アニメじゃないテイストになってると思う(「もののけ」のエボシはこういう系のキャラでしたが)

ヒロインでもある富豪の孫娘スカーレットの性格が、エヴァのアスカっぽいのがいいね。金を儲けることの何がいけないの?という傲慢なだけでない現実性と、無邪気な子供っぽさの同居がリアル。萌えキャラじゃないから、そっち系アニメ・ファンには肌が合わないと思うけど、やたら生き生きとしたキャラなので、後半男ばっかになる展開の中、紅一点の華をばっちり担ってました。声をあてた小西真奈美がうまいのにも驚いちゃった。
公開初日に発表になった、続編の主人公は彼女らしいです。何年後の公開になるんだろ(^^;

ところで、ロンドンの街がここまで破壊された映画って、初めてなんじゃないかな。
東京や福岡、マンハッタンのように、怪獣や天変地異が襲って来ない場所だからね。
架空の場所ではないんだけど、妙に新鮮さを感じて興味がわいてきました。
ちょうど六本木ヒルズで、「スチームボーイ 19世紀ロンドン展」という企画展を開催中で、時間があれば行ってみたい!

作り手がやりたいことを思い切りやったんだなー、という思い入れから、ちょっとエピソードを詰め込みすぎな感じもするのですが、この密度の濃さはDVDで何度も観ることを前提にすればいい案配でしょう。
登場するレトロなメカも楽しいので、それだけじっくりDVDで観たいとも思うし。

今年観た映画の中では、最高に入る出来。
子供の頃楽しみに観に行った、「東映まんがまつり」の東映動画長編漫画映画を思い出しました。カタカナのアニメというより漫画映画って言葉、ぴったりかも。

『スチームボーイ』オフィシャルサイト
スタッフによる『スチームボーイ』BLOGサイト
『スチームボーイ』の食玩:メインキャラ&メカニック
東京都現代美術館で開催中の「日本漫画映画の全貌」
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  by tzucca | 2004-07-23 02:43 | → MOVIE

ブラピのセッションフォト

a0028078_1445.jpg『トロイ』でギリシャ彫刻のように鍛え上げた肉体を見せつけてくれたブラッド・ピット。その撮影現場のピットを表紙にした「男性版ヴォーグ(イタリア)」を青山ブックセンターで見かけました。なにげにHなポーズだよね。

映画雑誌じゃないし、どうせ表紙だけなんだろう、なんて思ったら、後半ページにかなりの点数写真が掲載されてました。でも『トロイ』のバックグラウンド・ショットは数枚だけ。あとは、顔に泥を塗ったり、体に密着したタトゥーのシャツを着たダーティなピットのフォトセッションが大半を占めています。「カッチョいいセクシーなブラピ様」の期待にちょっとだけ応えて、ダーティ・イメージを突きつけてくるなんて、いかにもなブラピさん(^^;
→それらの写真はここで見ることができます。著作権的にどうかと思いますけど…。

これまでもオリジナル・フォトセッションで、あぶないキャラを好んで演じている彼。内なるダークサイドの毒抜きなのかな。

『W』という雑誌に掲載された『ファイト・クラブ』のイメージで撮影されたセッションはけっこう好き。作品自体が相当好きですから。いくつかの写真は日本の雑誌『CUT』にも掲載されましたよね。
うつ伏せで半ケツが見えている写真は残念ながら『CUT』には掲載されませんでした。盗撮された全裸写真がネットに流出して「US版プレイガール」誌にも載っちゃった後だから、反撃行為として「フォトグラファーが撮影した作品としてのヌード」をしているんだろうなぁと。こういうダーティーなイメージだと好き嫌い分かれてしまうだろうけど、『ファイト・クラブ』のタイラーとイメージを重ねることができる、ちょうどいい機会と言えなくない。

ブラピは、僕と数ヶ月しか違わない同じ歳。
これからも、オトナらしからぬキレたこと、やっちゃってもらいたいと密かに期待。
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  by tzucca | 2004-06-29 01:06 | → MOVIE

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人

前2作のクリス・コロンバス監督は原作が大好きだったから、原作のダイジェストをそのまんま映像化したような映画に仕上げていました。ストーリーをはしょってつぎはぎな展開になってしまったことを除けば、原作を読んで頭に描いていた通りのイメージがスクリーンに映しだされて、にっこりした人が多かったんじゃないかと思います。
a0028078_35844.jpg

原作でもひときわダークでシリアスな「アズカバンの囚人」の映画化にあたって、監督がKIDSムービーを得意としたクリス・コロンバスからアルフォンソ・キュアロンに変わり、映画版でも映画のトーンがガラッと変わりました。
すっかり大きくなった主人公たち、ブルーを貴重とした陰影の強い画面…。
今回は原作のストーリーをはしょるのではなく、いくつかの見せ場やキャラや設定を大胆に省いて、成長したハリーを中心に映画独自のアレンジをしてます。
原作との比較にこだわる人にとっては、あーだこーだ言いたいところでしょうが、映画としては、作品としての独自性があってこれまでで一番好きですね。
(原作の方が遙かにいいのは言うまでもありませんが)

ストーリーを映像に置き換えるだけでなく、映像的な見せ方にひとひねり加えられているのが、映画的魅力につながってるんですよ。雨の中のクィディッチのシーンへの切り替わりに、空を舞っている黒い傘から競技場の俯瞰へ移るとか、夜の騎士バスとバスが現れる前の夜の公園にある滴がしたたるブランコ、ヒッポグリフに乗ったハリーが湖上を飛ぶ高揚感、そして不吉なディメンダーの見せ方。大きなカエルを脇に抱えた合唱隊が歌う不吉な歌もいいですね。
映像による語り口は、今回のキュアロン監督はうまいですよ!
エンドクレジットまで凝ってるし。

そして、主人公たちが成長して演技力が身に付いたことから、セリフに自発的な自然さが生まれ、クスッと笑えるヌケを随所に置くことができたのが違いますね。
ハリーは精悍な少年になったし、ハーマイオニーは頭のいい子から一歩ぬけたキュートさがいいし、ロンはひたすら情けないです。

以下は残念なところ大会(^^;
原作のストーリーから映画で描ききれる部分だけを抜いてきた脚本によって、世界観が狭くなってしまったことは否めません。
そしてクライマックスの、ブラックとルーピン、ハリーたちが言い争う場面。原作通りにやるとそれだけで20分はかかっちゃうだろうから、はしょりが目立っちゃった。ここはハリポタの世界でも重要な部分だから、もっとガッチリ描いて欲しかったところ。
あと、マルフォイがただのいじめっ子のリーダーみたいな描き方だったことが残念。そしてヴォルデモードの存在感が希薄すぎることも。暗黒面をディメンダーに集約しすぎました。もっといろいろな暗黒面が存在することで光と闇のコントラストが成立できるはずなのに、平板になってしまった感じはあります。

ハリーたちは制服以外の服装でいることが多いんだけど、これが日本っだたらオール・ユニクロか?みたいな服装なんだよね。
「ハリポタ」は、ファンタジーでありながら現実世界に生きる人間くささが魅力だったりするから、制服じゃない格好を入れたことで、ホグワーツでの学校生活がよりリアルに描けていたと思うんだ。
でも、ファンタジーの世界で人間以外にリアルな〈モノ〉を「画」として持ち込みすぎると、かえって現実とのギャップを広げてしまうから、僕としてはそこまで身近さって必要ないかなと若干思っちゃった。若干ね。みんなはどうだろ?
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  by tzucca | 2004-06-27 03:54 | → MOVIE

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