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映画「真夜中の弥次さん喜多さん」

クドカンこと宮藤官九郎の満を持しての初監督作品「真夜中の弥次さん喜多さん」は、ぶっ飛びの大傑作!でございました。
この疾走感と笑いは、俺にとっちゃ「ファイトクラブ」以来かもしれない。そしてイメージの爆走は、鈴木清順やケン・ラッセルがぶっ飛んでた頃みたいなテンション!
俺は、好きだね!大好きさ!拍手喝采!(^^)

特殊なシチュエーションとセリフまわし(一応時代劇だから)なのに、長瀬智也のリミッターがはずれた演技で、血と肉とすっごいリアルが吹き込まれちゃうんだよ!惚れるよ、きっと。

と、書きたいことはいろいろあるけど、今日はここまで。
ウチのチームのミネトモが今週末観てきてからね。

「真夜中の弥次さん喜多さん」の音楽を担当したZAZEN BOYSの大ファンで、もちろんクドカンの大ファンでもあるミネトモ。
俺が平日のレイトショーでもう観てきちゃったもんねー、と言うと、財布から前売鑑賞券取り出して、マジに悔しがってやんの(笑)あまりに悔しがってるもんだから、別に威張るつもりはなかったのに、思わずガッツポーズで勝利感を味わっちゃったじゃねーの(笑)

(ってことで、つづく…)
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  by tzucca | 2005-04-06 23:55 | → MOVIE

映画「真夜中の弥次さん喜多さん」レビュー

男2人がお伊勢さん目指して東海道を旅する話を、弥次・喜多と名乗りさえすれば、いかようにアレンジしてもOKという了解がこの国にはあるんでぇ。
しりあがり寿の「真夜中の弥次さん喜多さん」「弥次喜多 in DEEP」は、弥次さんと喜多さんがディープに愛し合うゲイのカップルで、しかも喜多さんはヤク中というトガッた設定もなんのその、イっちゃってる…完全に…、と呆然自失しちゃいそうなディープな展開。さらに「弥次喜多 in DEEP」は、第5回手塚治虫文化賞「マンガ優秀賞」を受賞しちゃった文化財でございますよ。

このマンガを映画にしようって企画自体が、激ヤバだよね。

こんなディープな世界を実写にしろ、アニメにしろ、映像化できるとしたら、誰がいる?鈴木清順じいさまじゃなかったら、やっぱクドカンこと宮藤官九郎しかないってことが、作品を観終わった後に確信しちゃいましたぜ。
原作がどれほどぶっ飛んでるとしても、クドカンが脚本だけじゃなく、初監督するとなれば、濃厚なクドカン・ワールドを誰もが期待するのを、予想を上回るテンションでやってくれちゃいました!これ、マジに傑作です。惚れ込み具合は、自分的に「ファイト・クラブ」以来のガッツポーズでLOVE!のレベル。

弥次さん喜多さんが肩寄せ合いながら暮らす江戸の喧噪は、紙みたいにうすっぺら。ゲイでヤク中という未来になんの希望も見いだせない状況に舞い込んだ、お伊勢参りのDM。モノクロ画面の中で、しりあがり寿のイラストによるそのDMだけがフルカラー。リヤルってなんだい。リヤルを感じたい。それは究極のてめえ探し。1人じゃなく、"彼"とてめぇ探しの旅ってのは、今居るここよりマシじゃねぇか?
いきなり画面がカラーになって、お江戸をあとにする弥次さん喜多さんが歌い踊ってクルージング・バイクに乗り込む。この展開は、まさにオズ大王に会いに行く旅を始めるドロシーたちが歌い踊る「オズの魔法使」。
出だしには、「四谷怪談」の名場面、戸板返しを持ってきて、いきなり爆笑のオチで掴ませてくれるし。
この映画には、クドカンの映像ボキャブラリ・フィルターを通した、いろんな作品のオマージュがてんこもり!

霊峰富士を前にした茶屋のオカマの主人(山口智充)が、歌い踊りながら客人に挨拶して、思いっきりカメラ目線になるとこなんかは、僕の人生を変えた1作「ロッキー・ホラー・ショー」のティム・カーリー登場シーンのオマージュだし。そういえば、あの霊峰富士って、RKOピクチャーズの巨大書割の役割だったのかも(^^)


"今"を生きる若者像をリアルに描くことで、注目を浴びたクドカン。
この作品は、江戸時代を舞台にしながらも、とてつもなく"今"の映画という感じ。
たんに、時代設定を無視したバイクやコギャルやカウンターバーが出てくるからってだけじゃなくって!
これって、クラブのDJミックスのように、どんなに突拍子もない展開が連なっているとしても、ノリをキープするためのBPMがちゃーんとシンクロしてるから、ドラマの総集編のような切り張り感を感じないの。このリズム感覚を、映像編集でなくエピソード構築とセリフでできちゃうところが、すげぇや!と思った。
思い切りクドカンっぽい前半の「笑の宿」から、しりあがり寿的世界のクドカン流料理が冴える「不健康ランド」から「魂の宿」での再会まで2時間4分。フロアの客のノリを観ながら、テンションを落とさず映像DJプレイする新感覚の映画監督!

状況は思いっきりリヤルじゃねーのに、出てくる役者が楽しんでハマってくれているので、当然のようなリヤルを感じて観ることができるんだよね。
特に、弥次さん演じる長瀬智也のリミッターはずれた演技には、とてつもないリヤルさを感じちゃいましたよ。涙目で「喜多さん!」と叫ぶ長瀬の顔と声に、俺のハートもビンビンだぜぃ(古っ)。
恋人同士というより、マブ友同士って感じの2人だけど、「こいつといつまでも一緒に旅を続けたい」ってキモチは、直球な純愛よりも遙かにぐっときた。スキップしようぜぇ!

喜多さん演じる中村七之助もよかったねぇ。やってることはハチャメチャでも、相当難しい役だよ、これ。一番感情移入されないといけない役の中で、絶望と寂しさと幸福の両極端をフルレンジながら繊細に演じてるんだよね。はまったら戻ってこれなくなりそうな、ディープな喜多さん。あんたは薄っぺらなんかじゃねー。そう思わせる存在。

いくらクドカン脚本のTVドラマのファンでも、この作品についていけねーってお方もいることでしょう。しりあがり寿?誰、それ?って人もね。逆に原作のディープさに惚れ込んでいる人が観たら、似ているけどテイストがちょっと違うって思うかもですが。
でも僕は、この作品を大絶賛するようなヤツで、とてつもないパワーをもらってトクしちゃったとニコニコで劇場を後にしたヤツなんでぇ(^^)
理解がどうとかいうことじゃなくって、僕が面白い!気に入った!と思うことを、スクリーンで思い切りやってくれちゃったことが、とにかく嬉しかった!

(2005年4月5日 池袋シネマサンシャイン)


映画『真夜中の弥次さん喜多さん』公式サイト
しりあがり寿オフィシャルサイト:おーい!さるやまハゲの助
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  by tzucca | 2005-04-06 00:05 | → MOVIE

Xファイル DVDコレクション

a0028078_2333146.jpg「TZKさん、知ってますか?」
仕事が建て込みすぎていて、気分が消耗気味だった僕に、ミネトモとAKIRA+が続けざまニコニコと話しかけてきた。
「デアゴスティーニから、XファイルのDVDコレクションが出る?」
薄墨色な気分の中で、ぽっと裸電球が灯るようなワクワク感。

日テレ「木曜スペシャル」の矢追ディレクターUFOレポートに夢中になっていた僕みたいなヤツにとって、「Xファイル」は拍手もののドラマだったよね。
といっても、第3シーズンまでしかちゃんと観てないんだけどさ(笑)
少なくても第1シーズンには、相当夢中になりました。当初は実際にあった超常現象をドラマ化したようなリアリティがあったよね。シーズンを重ねるうちに、だんだんリアリティから遠ざかって、シリーズを継続させるための味付けが「なんだかなぁ」と思うようになったけど。ファンではあっても「それはやりすぎだよ…」と思った映画版で、僕の「Xファイル」熱は冷めました(笑)

僕がネットをはじめたのは、まだインターネットが普及する前のパソコン通信時代。「Xファイル」がテレ朝でオンエアされるのにあわせて、あるコミュニティをやり始めたのが、今の僕にいたるきっかけだったと言えるかも。
僕の人生に多大な意味をもたらした「Xファイル」(おおげさか)
<過渡期>を意識している今、またも僕の目の前に現れたのは、どういう巡り合わせなんだろう?
このサイトのタイトルの【X-LINE】も「Xファイル」から来てるんだよね。そもそも。

デアゴスティーニから発売されるのは、隔週刊で、4話収録したDVDと関連する記事のマガジンのセットという構成。「Xファイル」は、毎回扱う事件の元ネタやその背景を知ってこそ面白さがプラスされるから、それらをマガジンで紹介していくのは意味があるってもんです。やっぱこのテの世界は、雑誌「ムー」的読み物とセットで楽しむのがお約束ってもんじゃないですか。ってことで、これほど意味があるデアゴスティーニものってないかも!ナイスな企画です。

創刊号が790円で、2号以降が1790円。すでにリリースされているDVD-BOXの中古を買った方が安いかも、とは思ったよ。でも、俺という人間を思うに、DVD-BOXってコンプリートしちゃった安心感を得るだけで、たぶん観ないだろうと思ったわけ(笑)
だったら、各週4話づつ、マガジンもついてリリースされる「Xファイル DVDコレクション」の方が楽しいと思って、ポチッと定期購読申し込んじゃいました。あは。



◆デアゴスティーニ:隔週刊XファイルDVDコレクション
◆FOX CHANNEL:「Xファイル」公式サイト
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  by tzucca | 2005-02-27 23:33 | → MOVIE

映画「ターミナル」

テレビやラジオで耳に入ってきた曲のサビが気に入って、1曲フルに聴いてみたら、思った通りの割といい曲だった。そんな感じの映画でした。

東ヨーロッパの小国クラコウジアからやって来たビクター・ナボルスキーは、祖国がクーデターによって消滅してしまい、パスポートが無効に。ビクターは空港の外に出ることが許可されず、帰る国もない無国籍人として、空港の乗り換えターミナルで、入国許可が下りるのを「待つ」生活を数ヶ月送ることになります。いろんな人種が行き交い、目的地までの通過点である空港に、ただ独り立ち止まっていることから見えてくる、空港という特殊な場所で起こる小さな人間ドラマ。
ビクターがニューヨークにやってきた目的は?「待つ」ことを期待に変えてくれた国際線スッチーのアメリアとの仲は?
行き交う人の分だけ、それぞれの人生ドラマがあります。状況はかなりシリアスなのに、ナボルスキーの素朴で純粋すぎる人柄によって、言葉も心も通じない異国の地が、だんだんアットホームなあたたかい人の輪になっていくのが、観ていてキモチがいいですね。なんだか、人情ものの落語みたいです。
トム・ハンクスが出ているから、スピルバーグ作品なのですが、ビリー・ワイルダーが作る映画みたいだなとも感じました。

「ターミナル」は、祖国がなくなって空港から出られない男、というシチュエーションありきのストーリーです。
小説や舞台であったなら、ドラマを展開するのも可能なこのストーリーを、映画にするとなったら、<空港>という場を作り上げなくてはなりません。いったいどれだけの交渉と書類が行き交ったのか、想像もできないです。
安全上の問題から、実際の空港での撮影はムリということで、映画の空港はすべてセットなんです。これは、歴史スペクタル映画並の壮大なセットですよね。磨かれた石の床やエスカレーター、テナントのショップ、そして空港を行き交うおびただしい人数のエキストラ。映画自体は決してハデな内容ではないのですが、画面に写るすべてのものは「さすがにハリウッド映画!」と驚愕ものです。

出れば<悪女>のキャサリン・ゼダ=ジョーンズが、今回のスッチー役ではとってもチャーミングなのにビックリ。立場的に悪役になってしまう国境警備局主任のフランク・ディクソンは、立ち居振る舞いをすごく自然に演じていてステキです。
そして、ターミナルのインド人清掃員グプタを演じたクマール・パラーナの味は、とっても印象に残るスパイスでした。

僕は、歳を追うごとに「待つ」という行為ができなくなってきているのですが、実際に並んで待つという行動でなくても、人はなにかしらを「待って」生きているのかもしれないですね。期待通りの結果が待ってくれるばかりではないのですが。

(2005.1.4 ヴァージンシネマズ六本木スクリーン7)


「ターミナル」公式サイト
モデルとなったフランスの「空港男」と、日本にもいた「空港男」
YAHOO!JAPAN Movies 「ターミナル」特集(2005.1.6まで掲載)
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  by tzucca | 2005-01-05 00:33 | → MOVIE

映画「五線譜のラブレター De-Lovely」

音楽家コール・ポーターの名を知らなくても、彼の遺したスタンダード・ナンバーをどこかで耳にしている人は多いはず。コール・ポーターの半生を描くこの作品では、劇中でエルビス・コステロ、アラニス・モリセット、シェリル・クロウ、ナタリー・コールら、聴かせどころを心得たボーカリストたちが彼のナンバーを歌い上げます。
邦題が甘々メロドラマみたいですが、中身はちょっと違いますよ。

1920〜1940年代に活躍したコール・ポーター。彼は、後世に名を遺す天才アーティストに少なくない同性愛者でした。
パリ社交界の華であったリンダは、暴力を振るう夫と離婚して、男に懲りていた時にコールと出会います。リンダは、彼の才能と人柄に惹かれ、彼のセクシャリティを理解した上で結婚し、夫の成功を手際よく支えていきます。若い男の恋人がいる夫ではあったけれど、リンダは2人だけの信頼感と愛情にあふれた世界があるかぎり、その生活を寛容に受け止めていました。
活躍の場をニューヨークに移したコールは、まもなく高い名声を得て、ハリウッドでMGM映画の仕事をするようになります。
しかしハリウッドという独特な世界で、大成功に自惚れていたコールは、おおっぴらに夜な夜な男遊びをするようになり、リンダは傷心で一時パリに戻ってしまいます。
リンダがいない状態でのイケイケ生活は長く続きませんでした。コールが落馬事故で足を骨折。リンダは彼の元に戻り、足の切断を勧める医師に、断固として反対。生涯にわたって足の障害と戦うことになるコールを支えていきます。しかし彼女もまた肺が末期的な病に冒されているのでした。
コールが作る愛の歌のほとんどは、嘘偽りなく妻リンダに捧げたもの。妻の死後、彼は作曲活動をしていません。まさに、リンダは音楽のミューズだったんですね。

天才音楽家が生み出す音楽を、当時の登場人物も、映画の制作者も、すごくリスペクトしているのが分かります。しかし、彼が同性愛者であった事実を、避けずに容赦なく描いていることが、2004年の映画である証なんでしょうね。
「1つの性、1つの人間では満足できない」と言うコールですが、リンダという女性の圧倒的な存在感と彼女と過ごした時間が、いかに大切なものであったか映画から十分に伝わってきました。

<才能>に惚れる、ということは、実際僕にもあることです。
そこに強い信頼感が生まれたなら、絆とも言える愛情が生まれるのも分かります。
だけど、コールもリンダも裕福なんですよ。つまり、金を得るため仕事として音楽を作っているワケじゃないのね。すごく純粋な創作活動なんですよね。そこがフツーの庶民には実感しにくいところ(^^;
同性愛であることを悩むこともなく、才能のオーラでけっこうモテモテだったりするし、2人ともおしゃれで友人にも恵まれてたりして、セレヴであることの上に成り立っているような変化球の純愛なんですよね。
そこには決して卑屈という文字が似合わないんですよ。リンダに先立たれ、片足を切断して、周囲の人たちを遠ざけて1人ピアノに向かう死の直前まで、孤独感さえなかったのかもしれません。
そういう人生から、あの洗練された小粋なナンバーは生まれてきたんですね…。


この映画、残念ながら、いまひとつ成功作とは言えません。
これだけ魅力的な題材と音楽、コール役のケビン・クラインの素晴らしい演技があったとしても。
それは、構成のせいなのかも。死期の近いコールが、自分の半生を描く舞台のリハーサルを観ながら、回想していくという構成。この手法をとれば、時の経過やエピソードのつながりを、無駄なくジャンプしてまとめることができるのですが、主観的なストーリーにちゃちゃを入れるような客観性が邪魔です。うまくやれば「アマデウス」のように効果的ですが、この作品の場合<舞台>という設定が余計に思えます。
だから、おすすめ!の映画には届かないんだけど、サントラは最高!です。
一流ミュージシャンによる、コール・ポーターの名曲をゼヒお楽しみください。

【余談】
僕が小学校5〜6年の頃、TBSラジオで週一オンエアされる淀川長治氏の映画トーク番組を夢中で聴いていました。そこで、MGMミュージカルの名場面を集めた「ザッツ・エンタテインメント」を夢中で語る淀長さんの影響で、往年のMGMミュージカル映画の音楽を聴きまくってました。今から思えば生意気なガキですね(笑)
なので、この作品で使われているコール・ポーターのナンバーも2曲程を除いて、全部耳に馴染んだものでした。「エニシング・ゴーズ」「ビギン・ザ・ビギン」「夜も昼も」「ソー・イン・ラヴ」は、とくに好きだったので嬉しかったなー。

(2005.1.3 シャンテ シネ1)


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  by tzucca | 2005-01-03 23:55 | → MOVIE

一年の計はPIXER作品で!「Mr.インクレディブル」

2004年1本目の劇場鑑賞作品は「ファインディング・ニモ」だったので、2005年の1本目もクオリティの高さと絶対に楽しめる保証付きみたいなPIXER作品でスタート!
「Mr.インクレディブル」が面白くない人って、相当に生命エネルギーが低下してるかもなので、病院行った方がいいかも、ってくらい<誰でも楽しめる良質の娯楽作品>です。
バランスよく描き込まれたストーリーと、観客を置いていかない程度のテンポのよさ。決して子供に媚びた作りでなく、りっぱなオトナであるクリエイターの視点から、家族全員で楽しめるごちそうを作ったって感じです。

超人的な身体能力をもつ「スーパーヒーロー」という人種が、正義の活動につきまとう度重なる訴訟によって、ついにヒーロー活動を禁止されてしまいます。彼らは、並はずれた能力を隠しながら、社会の一員として平凡な生活を送ることに。
<Mr.インクレディブル>ことボブと<イラスティガール>ことヘレンは結婚し、超人的な能力を持つ子供たちと、一般人の生活に馴染もうと細かなストレスを感じながらも、幸せな生活を送っていたのですが…。

男性キャラは肉体的特長を強調して表情が少なく、女性キャラは人形のようなプロポーションで表情が異様に豊か。とくにインクレディブル夫人ヘレンの目の演技は、途中からCGキャラなのを忘れるくらいに素晴らしいです。カラダを変幻自在に伸び縮みさせるアニメならではの表現も、芯の強い性格も、ヘレンの存在感は際だってました。母は強し!です。
これまでのPIXER作品は、スティーブン・キング作品のように、父性本能を描き続けてましたよね。きっとほとんど男だけだったクリエイターに、女性がかなり入ってきて、ヘレンの存在感がよりパワーアップされたのかもしれないな。
それがすごくリアルな家族の日常を描くキーポイントにもなっていました。

でもヘレン以外のキャラクターは、これまで3DCGキャラクターとして違和感のない、人間以外のものを描いてきたPIXERのチャレンジが、もうひとつ突き抜けることができなかった限界なのかな、とも感じました。
同じように人間臭い「スパイダーマン」という実写ヒーロー映画の大傑作に比べると、生身の肉体感を感じない分、気軽に楽しめるだけの娯楽作品にまとまっちゃってたかなって。いや、それでも十分すぎる出来なんですけどね。
終盤の家族全員で町中で戦うところのテンションは、サイコーだったし!
@「スパイダーマン」も、衣装をスーパーヒーロー専門のデザイナーに作ってもらえばよかったのにね(笑)あと保護プログラムも適用してもらってさ(苦笑)

<家族愛>と<自信をもって正しく生きること>がテーマだってことは、誰が観ても分かりますよね。それって、現代にこそ必要なテーマではあるけれど、絵的にもっともしっくりくるのは、1950年代のアメリカの家族だと思うのね。そして、アメコミのスーパーヒーローが活躍する世界ってのも、50年代以前の全盛期がイメージ的にいちばんぴったり。歴史的にも、アメコミの暴力描写が道徳心を低下させるというバッシングが50年代にあって、それ以降いったんスーパーヒーローものがすたれていく背景が、この映画の内容とオーバーラップしてきます。
この作品のどこか懐かしい感じっていうのは、古き良き善良なアメリカへのオマージュなのかもしれません。

@10数年前、CGのコンベンション「ニコグラフ」のフィルムショーで、PIXERの初期短編「ルクソーJr.」を観た時、モノに"生命"が吹き込まれている!って感動したものです。あの、PIXERのタイトルに出てくる卓上スタンドの親子が登場する作品です。
そんな、キャラクターへの愛おしさに不覚にも涙しちゃうことができたのが、「モンスターズ・インク」でした。この作品を観終わったあと、<こんな映画を世に送り出すことができたなら、この世に生を受けた使命をまっとうできた自覚を味わえるだろうな>なんて思ったものです。だから、PIXERのマイ・ベスト作品は「モンスターズ・インク」!

(2005.1.1 ヴァージンシネマズ六本木ヒルズ・スクリーン1)


「Mr.インクレディブル」公式サイト
PIXER オフィシャルサイト
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  by tzucca | 2005-01-02 23:26 | → MOVIE

映画「ハウルの動く城」

これほど映画の中に入り込めて、涙を誘う展開でもないのに画面に涙しちゃった宮崎アニメは、はじめてでしたよ。感動!というか、不意をつかれてすばらしい瞬間に出会えた喜びって涙ですね。素晴らしいの一言です。

自分の属する世界とかけ離れたヨーロッパを舞台にしたファンタジーの世界なのに、人物のキモチや行動がすごくリアルに感じたんですよね。
「もののけ姫」では、メッセージを伝えるための状況説明を盛り込みすぎたために、
ストーリーの多軸さが重くのしかかる作品になっていた気がします。
今回は「魔女の宅急便」に近い、主人公ソフィーの目線が届く範囲の描写に徹した描き方。彼女の生きる世界では、戦争が起きていて、普通に魔法使いが存在しています。「ハウルの動く城」が特別なのは、設定上では詳細に決まっていたであろう舞台の世界観を、見事にスッパリと、今現在のソフィーとハウル、その2人に直接かかわってくるキャラクターたちに絞り込んでストーリーが描かれていること。ファンタジーの要ともいえる設定世界の奥行き感がなくなってしまいそうですが、1つの魔法が映画の可能性を大きく広げました。

18歳の娘が、荒地の魔女にかけられた呪いによって90歳のおばあちゃんになってしまうこと。カラダは90歳でも心は18歳という単純な描写じゃない、人がある年齢によって得られるキモチのありようやあきらめ、また人生が大きく前に進んでいく時の高揚感が、すごい幅を持ってソフィーという1人の女性の中に描き込まれているんですよ。世界観の奥行よりも、人生という奥行の描き込み。これって、実写でできない、アニメーションだからこそできる表現ですよね。
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ソフィーの変化は、歳を重ねてきて分かることなのかもしれません。肉体は衰えても、心の年齢はそう変わるものではないこと。けれど、歳とともに捨てるものが少なくなってきて、心の振れ幅がどんどん狭くなっていくこと。
洗濯物を干しながら、椅子に座って湖をみているソフィーの後姿。それは、90歳のおばあちゃんの姿。ハウルと一緒にいて高揚している時の18歳の娘の姿。三つ編みを愛らしい火の悪魔カルシファーに捧げた後は、宮崎アニメでお馴染みの凛々しい目を持ち、自分の人生を自分の手で作っていこうとする若い女性キャラの姿。
言葉では語れない、感覚的なキモチのあり方が、見事に画面で表現されているんです。声を当てた倍賞千恵子さんの声の変化も素晴らしい。冒頭の娘の時の声に違和感があるって感想の人も多いのですが、その後の声の変化を聴くと、若くして自分の人生を諦めちゃってる老婆のような娘だったからなのか…と思い返せます。単純な声質の若さを出すためなら、デジタルでいくらでも処理できるのに、そうしなかったワケがあるんですよ。

ハウルはいかにもな美形キャラですが、髪の色を間違って染めてしまい、思い切り凹んでカラダがドロドロになっちゃうような、情けないとこもあるヤツ。
外に見せている姿と、家の中での「素」にギャップがあるのってのは、リアルだよね。外で戦っていることを、家庭に持ち込まないのも、家の主らしいし。
強大な力を持っているのに、それを自分のためにしか使おうとしない、ってのが魔法の師匠であるサリマンのハウルに対する評価。その力をサリマンのように権力と融合させて支配の道具として使うことを拒んだ結果が、結局は自分の自由を守るためだけに力を使うことになったんじゃないかな、ってのが僕の感じ方。
ちなみに、公開前にさんざん話題になったキムタクの声ですが、決してヘタじゃないし、ハウルというキャラクターに命を吹き込むのにこの人以外じゃ説得力ないかも、と思うキャスティングだと思いました。抑揚のないしゃべり方もぴったりですよね。だって、彼に心が戻るのは最後の最後なんだから。

キャスティングでいえば、宮崎監督が絵コンテをきる段階から決めていたという、荒地の魔女=美輪明宏は、さすがにハマりまくってました。
宮殿の長い石階段を重いカラダでぜぇぜぇで登る件は、哀れなんだけど爆笑。
あああ、お顔が、化粧が、ぐちゃぐちゃ。絵じゃなかったらホラーです(笑)
先に登り切ったソフィーばあさんに声をかける、執事みたいな人の手もおかしくて、このシーンはすごくお気に入り。
ところでこの人は、ハウルが優しく接した娘に、いちいち呪いをかけて回ってたんですかね。執着の仕方をみると、それもアリなんでしょうね。

にしても、これほど魅力的なキャラクターの数々、イメージの広がりはさすがな宮崎印です。カシルファーは、一緒に住んでもいいって思えるくらい気に入ったし、一番だったのは荒地の魔女の従者。動き方も含めてイイ感じでした。(さっそくフィギュアを注文しちゃった)

画面のクオリティは、当たり前のように文句のつけようがありません。
風景の美しさに思わず涙してしまったし、構図のうまさには拝んでしまいます。
戦争の描き方については、相当気を遣っていると感じました。イラク戦争の最中に制作した作品ですからね。空爆シーンでは、爆発で破壊される家を外からだけでなく内部からも描いていることで、隣で観ていた小さな男の子が怖がってたもん。
〈動く城〉は、もっとCGっぽいのかなーと思っていたけど、「ナウシカ」の王蟲みたいでした。位置づけも近いかな。王蟲が腐海の象徴だったように、動く城は定住している一般人とは違う家族のHOMEの象徴って感じかな。

ひとつ、どうよ?という部分を強いて言えば、カカシの正体が「をいをい」ってところでしょうか。

「ハウルの動く城」がすごくハマった理由を考えると、いろんなものが集まってる居心地のいい場所、HOMEのあり方ってのが、自分の家族と近いからなんだろうな。
朝遅く出ていって夜遅く帰ってくるだんなと、やたら動植物に好かれるゆいと、3匹の猫との生活(その他、いろんな空想上のキャラが2人にはいるんだ)。
そして、このお話って、人と人との信頼感を描かせたらピカ一の成田美名子「エイリアン通り」なんじゃないかと思ったわけ。
どんな時代や世界を舞台にしていても、つまりはそういうことが、大切ってことだよね。

@僕がこれほどハマったこの作品ですが、感覚的な部分も多いせいか、エンドロールが終わって退場しながら「よくわかんない」と口にしている人も多かった。
どこかでこの作品は「右脳で観る映画」と紹介されていたらしいのですが、まさにその通りですね。友だちだったら、いろんな感想持つのも当然だよなーで済みますが、もし一緒に観に行った彼氏、彼女といいも悪いも同じ感想を持てなかったら、長く一緒に生きていくのに感覚のギャップがキツくなってくるかも(^^;

(2004.11.28 ヴァージンシネマズTOHO 六本木:スクリーン7)


「2004.12.12 追記」

今日、「ハウルの動く城」をまた観てきました。日比谷のスカラ座1は、DLPでの上映で、画も音も最高でした。とくに背景画の鮮明さには息をのむほど!
そして、1度の鑑賞でどれほど多くのことを見落としていたかが分かって、自分に驚くと同時に、作品の素晴らしさにあらためて深い感動を味わいました。
あれこれ自分なりの解釈を広げましたが、なーんだ、映画の中にちゃんと描かれてるじゃん!自分なりのイメージを膨らませていたからこそ、その差異を細かく観ていくことができたのかなぁ、とも思いましたが。

というわけで、12/1に追記した終盤におけるソフィーの心情については、かなり自分勝手な解釈が含まれていたことが分かったので、これから観る方を混乱させないように本日をもってカットしました。コメントいただいたみなさま、すみません(^^;
カットしたテキストは、自分のHDDの中にデータで保存しておきます(笑)

ぜひ、2回観てください。かなり物語と世界の構造が分かってくると思いますよ。
できればDLPでご覧になることもおすすめします。

@あらためて倍賞さんと美輪さまの演技のうまさに打ちのめされました。
@ソフィーが元住んでいた家に越してきて、かつての作業部屋に入っていく時、年齢がものすごく細かく変化しているのが分かりました。ここでのソフィーの心情を語ろうと思ったら、秒単位で絵を追わないと…。


僕のレビューでは、人物に寄った内容で、言葉で説明しないにしても画にするために必要となる緻密な世界構築については触れませんでした。
一番重要な「城」についての考察。魔法の動力で動きながら、あの装甲が必要であることなど、FumiyaさんのBLOG記事が丁寧に分析していて、読み応えがあります!

またいろんなBLOGをめぐる中、bamboohouse:『ハウルの動く城』自分流ハッピー解釈が、相当に映像の読解力のある方のとってもすてきな内容でした。ぜひぜひ読んでみてください。

『ハウルの動く城』自分流ハッピー解釈
続・『ハウルの動く城』自分流ハッピー解釈
『ハウルの動く城』自分流ハッピー解釈・その3
『ハウルの動く城』自分流ハッピー解釈・その4
『ハウルの動く城』自分流ハッピー解釈・その5



「ハウルの動く城」公式サイト
◆制作に特別協力している読売新聞社のヨミウリオンラインでは、「ハウルの動く城」関連のニュースをまとめて読むことができます。
◆原作:魔法使いハウルと火の悪魔 ¥1,680
日本では児童文学とされているけれど、ヤングアダルト文学。この原作がどう宮崎色に染まったかも興味ありますね。宮崎版ではサラッと描かれた部分の秘密も。
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  by tzucca | 2004-11-29 01:57 | → MOVIE

アラン・スミシーという名の監督

映画ファンならご存じでしょう、アラン・スミシーという名の監督。
はじめての作品は、1968年の「夏の日にさよなら」。その後の代表作としては、1989年「ハートに火をつけて」、1994年「デューン・砂の惑星 特別編(TV)」、1996年「ヘルレイザー4」など。すべて、ワケありの作品たち。

アメリカ映画業界では、監督よりも、映画会社とプロデューサーの方が権力を持っています。『未来世紀ブラジル』を監督したテリー・ギリアムが、映画のエンディングをハッピーエンドに変更しろと要求する映画会社に対して<最終編集権>をめぐる戦いを挑んだことは有名で、その顛末は『バトル・オブ・ブラジル』という本にまとめられています。
結局その戦いは、監督の意図する<ディレクターズ・カット>版をゲリラ的に上映して、権威ある賞を先に獲得したギリアムの勝利に終わったけど、それは歴史に残る稀な出来事だったらしい。『華氏911』のマイケル・ムーアも同じような戦術で、作品のオクラ入りを免れたケースだよね。

もしも『バトル・オブ・ブラジル』の勝者が、監督でなく映画会社であったなら。
『未来世紀ブラジル』は、男が彼女と結ばれる夢想シーンを現実の出来事にして、そこでエンドクレジットとなってました。そして、テリー・ギリアムは「これは俺の作品じゃない!」とブチ切れて、クレジットから自分の名前を削除するでしょう。そういう事態になった場合、全米監督協会では、空白となった監督名に「アラン・スミシー」という名前をはめ込むのが習わしになっています。

ちなみに先に挙げた作品の本当の監督は、「夏の日にさよなら」がジャド・テイラー、「ハートに火をつけて」がデニス・ホッパー、「デューン・砂の惑星 特別編(TV)」はデビッド・リンチ、「ヘルレイザー4」はケヴィン・イェーガー。
決して傑作を生み出すことのない、アラン・スミシー監督作品になってしまった不幸な作品たち。

また、ここ数年DVD等でリリースされる<ディレクターズ・カット>というのは、特殊効果をデジタル技術で本来描きたかったイメージに作り直した「エクソシスト」「E.T.」の例を除けば、監督が意図した通りに撮影・編集した完成版のことで、実際公開されたのが、映画会社やプロデューサーによって再編集されたものだったケース。
ブレード・ランナー」がいい例ですね。

つまり。作品の作り手と、制作の依頼主の間には、つねにヴァーサスがあるってワケです。
映画のような大がかりなプロジェクトでなく、企業のWEBサイトを作る僕らでも、それはしょっちゅうです。とくにWEBの場合は更新があるので、納品時は僕の作品だったけど、その後の更新で「もうウチの子じゃない!」というページがけっこうあったりします(苦笑)
残念なのは、WEBの場合、ディレクターズ・カットが再登場することはないってこと。アラン・スミシーは、アラン・スミシーのままなんです。
でも、あきらめずに、アラン・スミシーにならないよう、意地をはってるワケ。

(追記)
「EZ/TV」を観ていたら、清水崇監督自らメガホンをとった「呪怨」のハリウッド・リメイク版「The Grudge」が、全米チャート2週連続第1位をとったリポートをオンエアしていた。やっぱり、監督の考えをたくさんいるプロデューサーに分かってもらうのが大変だった、とインタビューで言ってました。でも、成し遂げたのだからスゴイと思う。結果を出せたことはスゴイよ。


アラン・スミシー監督作品リスト

◆本文で紹介した本「バトル・オブ・ブラジル 『未来世紀ブラジル』ハリウッドに戦いを挑む」は、現在絶版。図書館や古本屋で見かけたら読んでみて。
[書籍DATA]著者/ジャック・マシューズ、訳/柴田 元幸、ダゲレオ出版、定価2,200円 0098-89008-4500(1989年4月10日初版発行)
→と思ったら、楽天の古書でありました!ここからどーぞ!なくならないうちに。

◆「アラン・スミシー・フィルム」は、もしもアラン・スミシーという監督が実在したら?という作品。スタローンやジャッキー・チェン、ナオミ・キャンベルという有名人が実名で登場する内幕ものですが、この作品も監督がアラン・スミシー名義なんですよね(監督はアーサー・ヒラー)
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  by tzucca | 2004-11-07 17:00 | → MOVIE

ネタバレ厳禁!映画「SAW ソウ」

a0028078_319535.jpg白いタイルの広い浴室に、鎖でつながれた男が2人。部屋の対角線に位置する彼らの真ん中には、頭を銃で撃ち抜いた自殺死体。
まるで「CUBE」の出だしのように、唐突で異常なシチュエーションから始まるこの映画。やがて少しずつ分かってくる状況の詳細と、ゲームの残酷さ。この語り口の巧みさは、見事にハメられます。広告コピーにあるように、「CUBE」と「セヴン」、そしてダリオ・アルジェントの映画が好きな人には、かなりイケる映画の登場です。

異常な状況で、情報が少ししか与えられないと、観客はその少しの情報に飛びついて、状況把握のヒントにしたくなります。タイムリミットとそうなって欲しくないと願う心理の波をつかんで、オレオレ詐欺のように先手を打つ展開。
密室で動けない2人と、過去と外の世界で交錯する伏線。ちらばったピースが、2つ3つと合わさっていくうち、ちょっと予想外な絵柄が浮き上がるジグソーパズルのよう。ピースそのものはありがちなねたで、ヘタすればアイデア負けしちゃいそうなところを、サスペンスの手法とホラーを合体させたソリッドな演出で、終始心臓バクバクでした。よくできた映画です!

「シックス・センス」のように、ラストを語るのは厳禁の映画。
でも、途中でラストが分かることはまずないでしょう。そして、観終わったあと、タイトルの意味が分かってにやりとします。

この作品が驚くべきなのは、若干28歳の監督が18日間で撮りあげたものだってこと。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」のような低予算を逆手にとった作り方ではなく、きちんと正攻法で作られた映画なんですよ!情熱と勢いで、やりたかった企画を自分たちの手で実現させているパワーが、確実に映画全体のテンションに反映されていると思いました。

「生」を実感できるのは、それが危機に瀕した時。
余計な事前情報を入れずに観るべし!
*パンフはネタバレしてます。観る前に買わないように。

(2004.11.1 ヴァージンシネマズ六本木)

「SAW ソウ」
2004年アメリカ映画・103分・ビスタサイズ・ドルビーデジタル
監督:ジェームズ・ワン
脚本&主演:リー・ワネル

■日本公開は、サンダンス映画祭、カンヌ映画祭で上映されたバージョンより、表現やいくつかのシーンを緩和させた全米公開バージョンで上映されています。
サンダンス/カンヌで上映された"問題の多いバージョン"は、日本では東京ファンタスティック映画祭での1回のみの上映でした。


「SAW ソウ」オフィシャルサイト
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  by tzucca | 2004-11-01 23:55 | → MOVIE

ナイトメア・ビフォア・クリスマス


好きすぎて、何度観たかわからない映画。僕の場合、その栄冠は「ロッキー・ホラー・ショー」と「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」の2本。

ティム・バートンが作り出した、ハロウィン・タウンの純粋な心を持った愛らしい住人たち。あああ、冷静に文章なんかにできない!本当に愛すべき映画です。俺と親しくなりたいと思ったら、まずは観ろ!そして愛せ!です。

先日ダンスのレッスンで一緒の女の子が、ジャックの携帯ストラップを見せながら言ったひとこと。「このガイコツさん、かわいいでしょ」
な、なんだって?(こめかみの血管がピクつくのが分かる)ガ、ガイコツ?
うりゃー、「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」を観ていないのかぁぁぁー!(怒)

…知らなかったそうです(愕然)
そんな若い子のためにも、制作10周年を記念してデジタルリマスター版が再公開されるのは、重要な出来事ですね。あわせて、いろいろ関連グッズも発売されて、嬉しいかぎり。
なにより嬉しかったのは、アメリカで発売されたメイキング・ブック(¥3,360) が、10年目にして初の日本語版が発売されたこと!豊富な写真が涙ものです。

a0028078_2511135.jpg
「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」マイ・コレクション
僕のナイトメア関連グッズ・コレクションから、レアものをご紹介します。
A)JUN Planning Co.,INC.からリリースされた高さ40cmのリアルなジャック人形初回版。
B)ハロウィンタウンのキャラで一番好きな、悪い子3人組のバスタブ人形。側面のシールをみての通り、輸入もの。
C)内側に車輪がついて、首を振りながら走るゼロ。ゼロのモデルって珍しいよね。これも輸入もの。
D)FOSSILからリリースされた腕時計。全世界で数千個の限定モデル。

あと、Tシャツやメモ・パッド類、LD-BOX(苦笑)、そしてSEGAからリリースされた置物系がいくつかあります。僕はゲームをやらないので、当然ゲーセンにも行かないのですが、僕がナイトメア好きなのを知っている親切なおじさんが、取ってきてくれたのでした(^^)

【DVD】ナイトメアー・ビフォア・クリスマス ¥2,625
→きっとSpecialBOXも出ると思うよ、そのうち。
◆東京ディズニーランドのホーンテッド・マンションが、期間限定でナイトメア・バージョンの「ホリデー・ナイトメア」になってます。
ジャックのケイタイストラップ
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  by tzucca | 2004-10-30 01:21 | → MOVIE

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