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DVD「ハウルの動く城」1/24 second

a0028078_202593.jpg「ハウルの動く城」DVDの初回特典でついてくる、透明アクリルキューブに密封された上映用フィルムの1コマ「1/24second」。
僕が購入したものについてきたのは、ラストのソフィーとカルシファーだよ。開封して目にしたとたん「けっこういいカットだ!よかったぁ」とにっこり。
しかーし、ヤフオクではハウルが映っているベストカットに高値がついて、大変なことになっておりますな。
なかには販売店が、購入者に回さずヤフオク出品していて「おい!(怒)」。


「ハウルの動く城」は、僕にとっては生涯ベスト5に入る大好きな作品。
はじめて観た時の感動と興奮そのままに、このBLOGに熱くレビューを書きました。DLP上映版も観たくて劇場へ2度足を運んだのですが、初回でいかに多くを見落としていたかが分かって衝撃を受けつつも、初めて観た時の感動がそのまま2度目にも。作品の素晴らしさをつくづく思い知りました。

DVDが届いてから、帰宅すると毎晩繰り返し観てます。
DLP上映を観た時、画面の鮮明さと色彩の美しさに目を見張ったものですが、DVDはもっと画面が鮮明でびっくり。作画の緻密さ、動きの細かさがよく分かります。

好きなシーンはいっぱい。出だしのソフィーとハウルが出会って空中散歩するシーン、ソフィーが一人湖を前に座っているシーン、ハウルが髪の色のことで凹んでドロドロになるシーン、ソフィーと荒地の魔女が王宮の階段を登るシーン、お花畑のシーン…。
映画の中盤までがとにかく好き。ハウルやソフィーたちが、元ソフィーが帽子屋をやっていた家に越してくるあたりまで。越してきたのが元住んでいた家だと気づいたソフィーが、帽子を作る作業をしていた部屋に入ってきた時の、1カットの中で年齢が微妙に変化していく様が何度観ても素晴らしいです。

後半の展開が慌ただしい、というのはいろんな人のレビューにある通りなんですよね。実際1カットの長さが前半より全然短くて、それまでの人物の関係性と状況が、爆撃で一変、せっぱ詰まって一刻を争う状況とソフィーの揺れ動く心が、激流となっていきます。そんな中でインサートされる少年時代のハウルと出会うシーンの美しさが際だちます。

いまから10年経ってこの作品を観た時、また新たな発見や感動を受けそうで楽しみです。
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  by tzucca | 2005-11-20 02:00 | → MOVIE

「チャーリーとチョコレート工場」

a0028078_0461538.jpgティム・バートン作品が大好きな僕ですから、初日に観て当然の作品なんだけど、体調がよくなってきた11月3日になってようやく観ることができました。

エキセントリックなジョニー・ディップといい、『オズの魔法使』のような極彩色の画面といい、「やってくれるねぇ!バートン先生!」と予告を観て期待しまくり。
だけど、これがチャートの1位を独走するほどの大ヒットになるとは!
ティム・バートンのスゴサは、マニアックでダークなテイストを持ち味にしていながら、ちゃーんと興行的な成功に結びつけることができる手腕です。
いくら根がオタッキーで屈折しまくってても、きちんとエンターテイメントとして成立する作品に仕上げるバランス感覚とさじ加減!これこそダークサイドに片足突っ込んだ屈折くんたちが、世の中からハブにされず人気者でいられるための神の技でございます。見習わないといけませぬ。


子供の描く絵って、シュールで奇怪。といっても、子供の頭の中が想像力豊かなファンタジー・ワールドかといえば、そういうワケでもないよね。
知っている現実が飛び石くらいしかないから、その間の空間を知ってる現実で勝手に埋め合わせていくと、<子供らしい自由な発想>になるわけで。それって、オトナになった今でもやってることだけども(^^;
自分がガキだった頃を考えると、物事分かっちゃいねーのに、ディティールをいいかげんにした<子供だまし>なものって、心動かなかった。
子供も楽しめるエンターテイメントって<コドモに勝つ>自由な発想とディティールの作り込みが必要なんですよ。(「NIKITA」の<コムスメに勝つ>からいただきました)
「チャーリーのチョコレート工場」は、まさにコドモに圧勝!なファンタジーワールド。
ストーリーだけをなぞってしまうと、テーマパークみたいな展開と教訓的なメッセージだけになってしまいそうだけど、そこはわれらがティム・バートン先生、ブラックな笑いをふんだんに盛り込んで、しかもハートフル。おいしいお菓子は、必ずしもカラダにいい食べ物じゃないのよん、って感じ。

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15年間、ウィリー・ウォンカ以外誰もいないはずなのに、毎日商品が出荷されている謎の巨大チョコレート工場。その工場がついに公開されることに。ただし、ウォンカ製板チョコレートに入ってる「金のチケット」をゲットした5人の子供にだけ。

絵に描いたような貧乏な暮らしで、家族の愛だけはしっかり受けて育った少年チャーリーは、ラッキーにも「金のチケット」をゲット。
他の4人のコドモは、金にモノ言わせて「金のチケット」をゲットするような、憎たらしいやつら。子も子なら親も親だよ、という親子5ペアが招かれた工場の内部は、常識的な工場とはかけ離れた、テーマパークのような異次元空間!

原色に彩られたお菓子の森とチョコレートの川と滝。そこで働くのは、身長75cmのウンパ・ルンパ族。ウンパ・ルンパは、みーんな同じ顔。男も女も同じ顔。
あははは。これだけでもう拍手。
原色の巨大セットと小人の組み合わせは、大好きな『オズの魔法使』を彷彿させるシーン。マニアックな映画作家は、みーんな『オズの魔法使』が大好きなんだねぇ。
『オズの魔法使』はミュージカル映画だから、この作品でもマンチキンたちの唄に匹敵するミュージカル・シーンが登場!
憎たらしいコドモたちが1人また1人、自業自得で酷いことになってしまうと、同じ顔したウンパ・ルンパがいっぱい出てきて歌い踊るんだよね。わははは。大拍手!やられた!
その歌と踊りは、1回1回スタイルがみんな違うの。ヒップホップ、ディスコ、クイーンばりのロック…。
このアイデアだけでも、「チャーリーとチョコレート工場」はすでに二重丸を獲得です。

川を舟で下っていく件は、ねずみーらんどのアトラクションみたい。
そして次々と憎たらしいコドモらが順に懲らしめられるのは、気分爽快。
僕は、パールのジャンバーにシアンのジャージという、いかにもハリウッド・セレブな出で立ちのバイオレット親子が、妙に気に入ってたのさ。「勝ち組」でありつづけることを親子ともども人生信条にしている雰囲気が、なにげに好き。で、どんな懲らしめ方されちゃうのかなー?ってわくわく(^^)

「チャーリーとチョコレート工場」は、ジョニー・デップ主演作ではもっとも興行的に成功した作品なんだって。繊細さの中にワイルドさがあってカッコいいとされるジョニーが、今回は怪しいおにーさんに徹していてよございました。会話の途中で、突然自分の世界に入って意識がどっか行っちゃうのが面白い。他人とコミュニケーションしなれていない、ぎこちない会話と表情のつくり方がうまかった!

今の時代、このテの映画となれば、全編CGだらけだろうと思いましたが、役者が演技をする部分はできるだけ実物大セットで撮影したようで、いい感じに作りものめいた世界観がリアルに表現されていました。つまり子供だましでないディティールのこだわりが徹底していて、画面の中にすんなり意識が入り込んでしまいました。
これってドラッグのトリップ感覚っていうの?
CGの使い方も、現実的でないリアルをさらにリアルに見せるための匠の技って感じで、気のふれた芸術家の頭にあるイメージをダイレクトに観ているようでキモチよかった!

涙を誘う佳作「ネバーランド」に続いて競演となるフレディ・ハイモア(チャーリー)とジョニー・デップ(ウィリー・ウォンカ)。フレディ少年の表情ってば、童話の主人公にはあんたしかいないよってくらい、純粋さに溢れていてズルイ。あまりに理想的な少年だから、10年後の姿を見たくないかも(^^;
ウォンカの歯科医をやってるお父さんもいい味だったな。ドラキュラ役者として歴史に残るクリストファー・リー。最近は「ロード・オブ・リング」のサルマン役ほか「スター・ウォーズ1〜3」にも登場してましたね。SF/ファンタジー映画で彼が出てくると、作品が松竹梅の「松」クラスになるって感じなのかな。
個人的にはチャーリーのお母さん役ヘレナ・ボナム=カーターが好きなので、このファンタジーワールドにも彼女がしっかりハマっていたのが嬉しかったな。ヘレナとジョニーは、つづいて「コープス・ブライド」の声の出演もしてますね。もうすっかりティム・バートン組!

僕はとってもチョコレートが好き。年に何度かは、ゆいがチョコをカバンにしまっておくと「チョコの臭いがする!どこだ!」と獲物を狙う目つきになるのだそう。封を切っていないのによくチョコの臭いが分かるね、とビビられます。
ヴァージンTOHOシネマズ六本木では、劇場内にチョコレートの臭いを漂わせる演出をしています。たしかにほのかなチョコレートの臭いはしましたが(席によってはもっと香ったかも)、あまりおいしそうには感じませんでした。
香りの演出はともかく、この映画を観ると、外国製の板チョコが欲しくなるね!

@「コープスブライド」も早く観にいかないとぉぉ!(TT)

「チャーリーとチョコレート工場」公式サイト

「チャーリーとチョコレート工場」QuickTime予告ムービー
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  by tzucca | 2005-11-12 23:28 | → MOVIE

中川信夫監督作品『地獄』

『亡霊怪猫屋敷』『東海道四谷怪談』『地獄』『怪異談・生きてゐる小平次』
で元祖ジャパニーズホラー映画監督として海外にもファンが多い中川信夫監督。
なかでも傑作と言われている『地獄』(1960年)は、今はなき新東宝の倒産寸前に制作された仇花的作品とされています。

光に満ちて白一色というイメージの天国より、地獄には闇の黒に炎や血の赤のカラーコントラストがあり、さらにいろんなステージも用意されていて、テーマパーク性がありますよね。仏教の地獄とキリスト教の地獄は、ステージやキャラに違いがあって、映像の題材としてはとても面白いと思うのですよ。
この映画は、前半で業が深い現世の人間ドラマを描き、後半彼らが墜ちた地獄を、シュールな映像で表現した、この世とあの世の地獄めぐりを楽しめます。

『地獄』という作品は、1960年に制作された中川信夫監督作品のあと、1979年に神代辰巳監督作品が70mmの大スクリーンで公開、そして1999年石井輝男監督がアンダーグラウンドに公開と、これまで3度映画化されています。内容はそれぞれ違うのですが、現世の業とあの世の地獄絵図という構成は同じ。神代監督作はダメ映画として誉れ高く、石井監督作はカルト性の強さが一部マニアの目を引きました。

「地獄」というモチーフの面白さと、これまで3度も映画化された中で、伝説となっている中川信夫監督版の『地獄』。ようやく観ました。

大学教授の娘と結婚の約束をした一見マジメな学生・四郎(天知茂)。四郎とその大学教授には、田村という悪魔の化身のような言動をする男がいつもつきまとっていた。ある夜、教授の家から帰る四郎を田村が車で送っていく途中、泥酔して飛び出してきたヤクザの男をひき殺してしまう。罪の意識に思い悩む四郎は、婚約者の幸子(三ツ矢歌子)に事件を告白し、自首する決意を固めた直後、幸子の乗ったタクシーが事故を起こし、幸子は帰らぬ人となってしまった。
ひき逃げしたことを「誰も目撃者がいない」と平然としている田村であったが、物影から被害者の母親が目撃していた。母親と被害者の恋人は復讐を誓う。
ナイトクラブで一人酒していた傷心の四郎に、店の女が言い寄り一夜を共にする。しかし、その女は被害者の恋人だった。
翌日、四郎は母の危篤を知らせる電報を手に帰省し、そこで幸子そっくりの若い娘(三ツ矢歌子:二役)に出会う。そして、被害者の母と女も居場所を突き止めその土地へ。さらに、悪魔のような田村も。

転げ落ちていく石のように災難が災難を呼び、次々と人物が死んでいく「あり得ない」展開。そして60分経過したところで登場人物全員が死亡。をいをい。
そして、地獄編へ…。

一番印象に残るのは、地獄のシーンより、現世を描く部分の1960年当時の東京。
場末な空気と妙にモダンな雰囲気。そこに登場する人物の極端さ。とくに悪魔そのもののような田村という男の存在がやりすぎなくらいエキセントリック。
奇抜なアングルのカメラワークも、歪んで亀裂の入った「あり得ない」現世の展開を緊張感あるものにしていました。
セリフまわしや画面づくりに、鈴木清順の「ツィゴイネルワイゼン」を思わせる部分があって、先に観ておくべきだった!
一見マジメで気の弱い学生の四郎が、婚約者・幸子をすでに孕ませていたことや、平気で店の女と一夜をともにしてしまう二面性が面白い。

で、お楽しみの地獄。
決して悪者でない登場人物さえも、業の深さや自殺、事故死から地獄に勢揃いして、永遠に終わることのない苦しみのサークルから逃れることはできないのであった。
閻魔大王はいるし、赤と青の鬼はいるし、血の池や灼熱地獄も登場。
カラダを引き延ばされたり、皮をはがされたり。
現世での業を何度もリプライズしたり。
ああ、まるで、お化け屋敷か蝋人形館を巡っているよう!

1960年といえば、世界に誇っていた東宝の特撮映画では「電送人間」「ガス人間第1号」、翌61年には名作「モスラ」(ザ・ピーナッツが出ている方ね)が作られた頃。ところが『地獄』の特撮は自主制作8ミリ映画のような稚拙さ。奇抜なカメラアングルやカット割り、シュールな展開の方が遙かにインパクト大。夢の中のような交錯する展開。叫ぶ口の中、目の超アップがコワイ。

幸子が孕んでいたことを知らなかった四郎は、地獄で自分の子が流されていくのをひたすら追っていく。そして巨大な車輪に乗った赤子を助けようと、車輪に乗ったまではよかったが、しがみついてカラダを動かすことができず叫ぶだけ。
本気で助けようと思うなら這ってでも動けるでしょ、とつっこみたくなるシーンなんだけど、延々とそのまんまなのよ。そして唐突に画面がフリーズ。
永遠に続く苦しみを時間を静止することで表現したのかな。

そして訪れる唐突なラスト。ええ?ここで終わっちゃうの?
日本のロジャー・コーマンとも言われる新東宝の社長・大蔵貢は、地獄と極楽を映像化すると思っていたらしいのですが、中川監督は出口のない地獄を執拗に描いたのでした。完成後、大蔵社長は中川監督をきつく叱ったそうです(^^;
でもこの『地獄』は、その後に名を遺す怪作となったのだから、やりたいようにやった中川監督の勝利でしたね。
日本映画が元気になってきた現在、大金を投じてダークサイドな監督に21世紀版『地獄』を作らせてみたらどうだろう。人間の業のカタチも変わってきているし。そうそう、10年おきに必ず制作されるシリーズにすればいいんじゃない?と思うのでありました。

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『地獄』中川信夫監督作品
1960年7月公開/新東宝/100分/シネマスコープ

DVD 2000年6月リリース
ハピネット・ピクチャーズ - ASIN: B00005G0EK
(オリジナル音声リマスター版)
¥5,949(税込)
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  by tzucca | 2005-11-06 21:57 | → MOVIE

パゾリーニの「ソドムの市」

マルキ・ド・サドの『ソドムの百二十日』を、イタリア映画界の奇才パゾリーニが映画化。ホモセクシャル、スカトロ、拷問描写がセンセーションを巻き起こし、本国イタリアはじめ各国で部分削除、上映禁止になる。
全精力を傾けてこの作品を作ったパゾリーニ監督は、映画が完成してまもなくローマ近郊の海岸で激しく損傷した遺体となって発見される。
同性愛者だったパゾリーニから個人的な性的行為を要求された「ソドムの市」出演の少年が、逆上して木材で殴ったうえに自動車で轢いて殺害したとされていた。
それから30年経って、服役を終えた犯人とされた男が「真犯人は別にいる」と今年の5月にテレビ番組で証言。
当時の助監督からも、パゾリーニは殺害された当日「盗まれたフィルムを取り戻すため犯人と交渉する」ため出ていったと語っている。
犯人の新証言を受けて地検の再捜査が始まったが、真相は謎のまま先月の12日に捜査が打ち切られた。



1976年の日本公開時、僕はまだ12歳でした。
映画雑誌「スクリーン」「ロードショー」を買ってもらい、図書館に行って「キネマ旬報」のバックナンバーを読みあさるという、小生意気な映画少年でした。
当然「ソドムの市」の紹介記事も目にしていました。
「スクリーン」には、公開作品紹介に洋画の成人映画も写真付きで掲載されていて、子供ながらに、「おっぱいが大きな女が出るポルノ」「動物と交わるポルノ」など、今から考えれば変態趣味といわれる内容も、お酒や煙草と一緒にオトナになったらそういうことに興味を持つものなのかぁって程度の認識をしていました。
しかし「ソドムの市」のスチールは、そういうポルノ映画とあきらかに何かが違っていたのを記憶しています。なにか絵画的で宗教的な臭いがあったのです。

a0028078_23285722.jpgオトナになって、雑誌「夜想」や渋澤龍彦の本を読む人間に無事育ち(笑)、倒錯世界の妖しい空気に触れるたび、頭のどこかに「ソドムの市」という映画の存在が常にひっかかっていたような気がします。
1990年に青土社からハードカバーで発売された、本邦初の完訳版『ソドムの百二十日』は、ワクワクもので手にしましたよ。

なんで今になるまで、「ソドムの市」を観なかったんだろう。不思議です。
1999年に渋谷のユーロスペースで「パゾリーニ映画祭」が開催されるまで、観る機会がなかったというのもあります。でも一番抑制剤となっていたのは、「とてつもなく不快な映画」「気持ち悪くなる映画」「2度と観たくない映画」という評判だったかもしれません。ぶっちゃけ、観るのが怖かったんです。
それがね、ふとしたきっかけで「最低映画館」なるサイトで、大好きなB級SF/ホラー映画の中にこの作品紹介を見た時、「あれ?なんで俺観てないんだろ?」と思っちゃったの。ホラーものでは、相当気持ち悪い映画も、不快になる映画も観てきているのに。

DVDは、オリジナル完全版と銘打たれています。
世界中でズタズタに切り刻まれてしまった作品が、美しい画質と冒頭だけしかぼかしの入っていない状態で観られるなんて、ありがたや!
ゆいと2人並んで、じっくり鑑賞。
衝撃でした。多くの人が衝撃を受けたという男色行為や排泄物を食べるという変態行為、拷問シーンにではなく、画面の美しさと抑制の利いた行為の描き方、そしてテーマ性にです。
変態行為への妄想を熱病にうなされたように書き連なっている原作を、ファシズムという毒を加えてより美的作品に仕上がっていることに、驚いたのです。
理解できないことは多々あります。映画の中に散りばめられた多くの記号的な比喩。イタリア、とくに映画のオリジナルタイトルとなっている「SALO」サロ共和国の歴史、パゾリーニの生い立ち、文学・芸術の引用元などを調べないと、映画に込められたパズルピースをはめ合わせることはできないと思いました。

僕が高校時代の頃って、映研でアートムービーに傾倒していた人たちには、ゴダールが絶対的に神格化されてました。「僕ゴダールの映画好き〜。カッコいいもん。」なんて一言を聞かれた日にゃあ、ザザザッと円陣に取り囲まれて「貴様にゴダールの何が分かるというのだ!」とボコボコにされそうなコワサがありました。

パゾリーニもそんな感じ。ここで何の教養もない僕が語ったところで、物影から鞭で背中をパシッと叩かれそうでコワイです。
でも、美しいと思ってしまったのです。
それはきっと、鮮明なDVDの画面で、ウンコや拷問シーンが「本物でない」ことが分かったからかもしれないけど(一部は本当っぽかったけど)。今のアダルトビデオなどでは、本当に鬼畜な行為を収録したものが出回ってるから、遠景で絵画のような構図と光で描かれるこの作品の節度に、「品」さえ感じてしまいました。

この作品に描かれているのは、SとM、両者の契約と信頼関係の上で、それぞれの欲望を結実させるというSM行為ではないんですよね。
虐待される少年少女たちは、4人の絶対者(大統領、最高判事、大司教、公爵)に抵抗する術もなく服従しているだけなんですよ。しかも1人の人間としてではなく、名前のない民衆というグロスの一要素として。そこには両者の快楽の享受はなく、とてつもなく冷めた関係性しか存在していません。
名前を奪われることで、存在を征服されるという考え方って、宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」でも登場しましたよね。「ソドムの市」でも名前という個人の証を奪われた少年少女が、画面上でもグロスでしか認識できないんですよね。目立つ存在としては、少年3人、少女2人くらいがいるけど、あとはあまり記憶に残らないの。
狂気が匂い立つ4人の男たちもコワイけど、この冷えた描き方もコワイ。
"一人の人間を繰り返し殺しても、とても飽き足りません。
ですから、なるべく大勢の人間を殺すのです。あははははは。"
というセリフがきっかけではじまる拷問大会。
映画「独裁者」でヒトラーを真似たチャップリンの有名な演説シーンにある「1人を殺せば犯罪だが、たくさんの人間を殺せば英雄になる」というセリフに通じるものがあるなと、ぶるるる。

大邸宅に籠もった4人の絶対者、17人の少年少女、若い兵隊、館の使用人、そして4人のマダム。大広間に集まった絶対者と少年少女、兵隊を前に、マダムが順番に自ら体験した卑猥な出来事を語っていきます。その話にインスパイアされて、4人の絶対者によって次々と変態行為が決行されていきます。
この、マダムの妖しい美しさがいいんですよ。退廃美とでもいうんでしょうか。
着飾ったマダムの口から、スカトロを「洗練された趣味」なんてヘーゼンと語られることに、多くの人は引いてしまうかもですね。たぶん、変態趣味でない人であっても、自分の性的志向って正当化するほかないはずなので、その肯定の仕方が「洗練」という言葉で言い表されているのが「新鮮」でした。でもこの排泄物、高級チョコレートとマーマレードで作られた小道具だったこと、先に知ってて観たから平然と観てられたかもしれないんですけどね(^^;

a0028078_1233861.jpg終盤、名前を呼ばれて<個>を取り戻した少年少女には「犯した罪の重さを知るがいい」と言い放たれ、拷問大会へと発展していきます。広間で行われる狂気の行為を、4人の絶対者は順番に1人づつ、館の窓から双眼鏡で見るという「高貴なお方」の「影ながら見る」かのような楽しみ方がオツでございました。遠景で観ることで、観客にとってはリアルさが倍増します。
酷い行為を押しつけられて、なおかつ「自分の犯した罪を知るがいい」とはあまりに救いがないよなぁとは思いました。パゾリーニの生い立ちから、悪徳を直接行う者ばかりでなく、ファシズムに流されるまま服従してしまった一般の民も、罪の対象だったという意味なのでしょうか。

あれ?と思ったのは、チラシにコラージュされた電気椅子に縛り付けられた少女が、本編にありませんでした。登場するとしたらラストの拷問大会だと思うんだけど、オリジナル全長版なのに入っていないということは?それがパゾリーニ監督殺害事件にからむ盗まれた撮影フィルムに入っていたってことかな。あと、スチールで観たことがある拷問大会が行われた広場に、死体が並んでいたシーンもなかった。まるでナチスのホロコーストを思わせるような光景でした。これもまた盗まれたフィルムに?

サイト上には、「ソドムの市」の鑑賞ガイドとなるページがあります。
とくに、<ソドムの市相談室>には分からなかったことの数多くに解答がつけられており、かなり参考になりました。
パゾリーニ映画鑑賞の試み〜あるフォーカス:ソドムの市相談室
ピエル・パオロ・パゾリーニ研究


これらのページを読んだ後、僕とゆいは何度も「ソドムの市」を観返しました。
奥が深いです…。コワイくらい。
思想的なことも知りたいけれど、ぶっちゃけ、少年少女らの裸体は美しかった。
一番の謎は、これだけのルックスの出演者たちが、この映画に出演することになった経緯だったりします。

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『ソドムの市』ピエル・パオロ・パゾリーニ 監督作品
Salo 'O le 120 Giornate di Sodoma
1975年/イタリア映画/117分/ビスタサイズ・カラー

DVD
パゾリーニ・コレクション 『ソドムの市』 (オリジナル全長版)
2003年2月リリース
エスピーオー - ASIN: B000083YCJ
(オリジナル音声リマスター版)
¥5,040(税込)
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  by tzucca | 2005-11-06 00:29 | → MOVIE

ダークサイドな映画に惹かれる日々

体調は、かなり回復してきました。
先々週末には連続して胃液吐いちゃったけど、
先週末にまた内視鏡検査をして、胃はかなりよくなったって。
薬も弱いものに変わって、あとは体力をつけていくだけ!
心配いただいたみなさん、ほんとありがとうです。

気が付けば、地元商店街の街路樹にはイルミネーションが。
ハロウィンが終わって、もうクリスマスの準備ですよ。
胃の調子を悪くしたのが8月終わりだから、
「省エネルギーモード」で生きているうち、あっという間に年の瀬!
うへぇぇ、ワケもなく焦燥感に襲われます。

「省エネルギーモード」で土日はおとなしく引き籠もっていたわけですが、
少し前から、ダークサイドな映画に再び夢中になっとります。
元々マニアックでカルトな映画が大好きなワタクシでしたが、
世間に(仕事に)流されプカプカ浮かんでいるうちに、
ダークサイドさえも普通の人モードになってしまいました。
すみません。そんなの、自分らしくないのは分かっておりました。
でも精神的な余裕がないと、自分の中の魔界シェアを保つことって
難しいでうー(涙)

きっかけは、「最低映画館」というサイトに紹介
されている作品解説を読みふけっていたことから。
なんて、楽しいんだ!
クセがあって、世間一般にはしょーもないとされている作品が醸し出す
独特の「味」には、時に恋のようなときめきさえ生まれます(笑)

最低映画館」には、本当にしょーもないB級C級ムービー
に混じって、伝説と化している重要な作品も紹介されてるのね。
ヤベェそういえば観ていなかった!
とおでこをペシャリとした作品がいくつか。
たとえば、
パゾリーニの「ソドムの市」、
中川信夫の「地獄」、
畸形オンパレードの「悪魔の植物人間」、
ウォーホル先生監修の「悪魔のはらわた」
etc...

そして、今更ながら数々の「最低映画」をワタクシに提供してくれた
2つのものに感謝したのですよ。

1つは、80年代半ばに巻きおこったホラー映画ビデオのブーム。
クローネンバーグの「ビデオドローム」、ロメロの「クリープショー」
など、輸入ビデオからマニアの間で話題となり、次々と日本でもビデオ化、
劇場公開されていった、熱いブームでした。
このブームが、現在も続く「ファンタスティック映画祭」のスタートに
結びついていくんですよね。
作家性の強さがホラーと結びついた良質な作品のほかにも、ブームに乗じて
いろんなカルトムービーがビデオ化されたステキな時代でもありました。
最低映画の大漁期!
「ピンク・フラミンゴ」ほか、巨体の女装オカマ・ディバイン出演作が
次々とリリースされたり、ハーシェル・ゴードン・ルイスの「血の祝祭日」
「2000人の狂人」といった、ホラー映画の歴史を研究する人以外、
観て唖然の作品たちが、ふつうのレンタルビデオの棚に並んでたスゲェ時代。


2つめは、旧東京12チャンネルの「2時のロードショー」。
「人類SOS」も「燃える昆虫軍団」もこの枠ではじめて観たんだよなぁ。
「2時のロードショー」は、平日の午後2時から洋画を中心にした80分番組。
時間枠短いのにCMがやたら長く、映画の本編はたったの62分!
毎日、お安い映画を容赦ない62分にぶっち切ってオンエアしてました。
今でも思い出すのは、名作の誉れ高い「赤い靴」をこの枠でやった時のこと。
なんと有名なバレエシーンが、バッサリカット(^^;
もういっちょ。
「実録フランケンシュタイン物語」は、オリジナルが確か4時間弱ある
テレビムービーなんだけど、これもバッサリ62分。
ストーリーはもう、チャプター早送り状態(^^;
前後編に分けてオンエアすれば、2日分賄えたのにねぇ(^^;

ってなワケで、この2つがなければ、愛すべき「最低映画」たちと出会うことも
なかったわけで、思えばラッキーな時期を生きてこれました。
「最低映画」というネーミングはちょっと語弊があるな…。
やっぱ「ファンタスティックな映画」というべきですね。

というわけで先週は、
WOWOWでオンエアされた時にDVDに録画しておいたのを
思い出した「地獄」を観て、おおおお!
同じく録画していたのを忘れていた、デジタル修復されたヒッチコックの
「めまい」を観て、拍手拍手!
そして、楽天の貯まったポイントで「ソドムの市」DVDを買い、
中学生のころから気になりつづけていた幻ムービーを遂に鑑賞。
こ、これはっ!(後でちゃんとレビュー書くね)
やばい、パゾリーニにハマりそう…。
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  by tzucca | 2005-11-05 21:38 | → MOVIE

完成度の高さに拍手!映画「バットマン・ビギンズ」

a0028078_3213854.jpg公開以来、シリーズ最高傑作!というレビューをあちこちで見かけましたが、はい、その通りです。見事な完成度の映画でした。

ティム・バートンが作り上げたシリーズ1、2作目も大好きで、登場人物がみな不幸のどん底でめちゃくちゃダークな「バットマン・リターンズ」はかなりのお気に入りでした。アメコミの世界を実写版でスクリーンに描き出すのに、画家の感性とともにダークな世界を創り出すティム・バートンは、これ以上ないクリエイターだったと思うわけ。でも、バットマン・シリーズがその後終息してしまったのも、ティムの創り出した世界観が絶対的すぎたからとも。(しょぼいシリーズ4作目も、バットスーツのレザーフェチぶりだけは好きだった)

アメコミのヒーローを映画化するにあたって、「スパイダーマン」が1つの転機になったと思うんだよね。ヒーローを1人の人間としてちゃんと描くこと。そうすることで、なぜ悪と闘うかの葛藤や意志の強さを思い知ることになるしっかりとした構成。
「バットマン・ビギンズ」では、コミック・テイストとティム・バートンの世界観を捨て去ることで、ヒーローとなり得る人間の内面をしっかり描きつつ、すべての設定が現実味のある描き方に変わりました。
幼少時代に体験したコウモリへのトラウマ、両親を目の前で殺害されたことで憎しみと罪悪感に支配されてしまう苦悩の日々。復讐が正義でないことを突きつけられ、答えを見出そうと放浪の旅に出るブルース・ウェイン。

バットマンは生身の人間なのに、なぜ人間離れしたファイトが可能なのか、という答えがそこに描かれるんだけど、そこまで1つの感情に身を投じることができるのも金持ちだからなんだよね。善行のために生活が苦しいスパイダーマンとは違います。でも、金持ちであることをまるで否定しないのもブルース・ウェインらしいところ。

正義とは何か?善悪とはなんなのかという問いとともに、「それは結局自己満足なのでは?」という自己つっこみが、すべてを他人の幸福に捧げる生き方よりもリアルな人間性の奥行きを感じます。
彼の感情は、ファイトしている時にしかかいま見えません。人との距離をとって、アルフレッドとともに孤独な生活を選ぶウェイン。感情や表情のなさは、悟りのせいなのか、強い意志のせいなのか。2重生活を送るためのカモフラージュなだけなのか。
それでも彼は、自分の成すべき事を見つけ、それを使命として生きていくことになります。立派だったお父様の名が常につきまとうけれど、生活に不自由しない身で、彼なりの方法でゴッサムシティを悪から守ってくれたまえ!

自ら恐怖のシンボルとなり正義を成す屈折した考え方がともかくステキで、俺もその方法論で生きていくべきかと励まされました(笑)
積荷の倉庫で、悪人どもを追いつめていくホラー演出がいいですね。
関係ありませんが、「個人情報保護法」の対策で、<性悪説>に立った対策が必要と諸々の本にありましたが、それだけでは絶対に防ぎきれないのも事実で、人は元来弱いものだとする考えに立つことが必要とある弁護士さんが言っていたことに共感しました。恐怖政治につながる権力者ではなく、悪の蔓延をくい止めるためシンボルとしての恐怖となった正義の味方バットマン。ダークサイドのパワーも使いようです。

ところで、戦い方やバットスーツや数々の武器は、今まで執事のアルフレッドが伝授したり製造・メンテしていたと漠然と思っていたんだけど、そういう武闘派エンジニアな人には見えなかったので、今回それぞれ担当の人がいたんだと分かってほっとしました(笑)バットモービルの走行シーンは、メカ好きにはたまらないよね。さまざまなギミックや自作するところもワクワクしちゃいます(「リターンズ」でキャットウーマンがミシンで衣装を自作していたシーンも大好きでした)

歴代ブルース・ウェインの中で、今回のクリスチャン・ベールが一番ハマってました。闘うための肉体と、繊細な顔つきのアンバランスがいい。成金ではなく裕福な親の子という品も漂っているし、なによりアクションがいい。
B級SF「リベリオン」で、独特な武術アクション<ガン=カタ>を演じた男だけある。ただ、バットマンになった時の話し方が、どうしてあんな声で?とは思ったけど。

渡辺謙は出演シーンこそ短かかったけど、十分な存在感でサスガでした。強力な「目力」ですね。そして毎回いい味出しているアルフレッドは、今回役者がマイケル・ケインになったけど、目の演技で泣かせてくれました。アルフレッド大好き!
またブルースの父親を演じたライナス・ローチが妙に記憶に残りました。と思ったら、1月前に観た「フォーガットン」に出てましたね。さらに言えば「司祭」にも出てたのね。なるほど。

監督のクリストファー・ノーランは、アイデア勝ちだった「メメント」以上の作品を作れる人とは正直思ってなかったので、この「バットマン・ビギンズ」の全身全霊を傾けた出来には驚きでした。アクションのカット割り、回想シーンのインサートの見事さ!ゴッサムシティの朽ちた感じ、ブラック&オレンジの色彩設定、どれも二重丸。
そして、同じセリフを反復することで人物の関係性を明確にする脚本もニンマリです。
ブルースの苦悩をここまでしっかり描いてくれちゃうと、「エピソード3」のアナキンの描写に物足りなさを感じずにはいられません。でも「エピソード3」はルーカスという監督にとって全身全霊を傾けた作品になっていたので、それはそれで仕方ないと思いますけど…。

a0028078_3325621.jpg僕はアメコミのマニアではないのですが、バットマンでは「aRKHAM aSYLUM」という本を持っています。いわゆるアメコミ調の絵ではなく、水彩のイラスト風コミック。絵の素晴らしさもさることながら、全ページアート感覚が炸裂していて、すごく刺激になります。この本のタイトル「アーカム精神病院」は、「バットマン・ビギンズ」に登場したあの精神病院。この本は映画の原作ではないのですが、アメコミ調とは違うリアルなイラストという点が映画の印象と重なって、うれしくなりました。


(2005年7月3日・バージンTOHOシネマズ六本木 スクリーン1)


バットマン・ビギンズ日本版公式サイト
→WindowsではIE6/Firefox1.0、MacはOS-XのFirefox1.0/Safariでないと見ることができません。
◆品川メルシャンIMAXシアターで、IMAXバージョンが公開中。次観るとしたら、ここだな。
BATMAN-NEWS(英語)
→「バットマン・ビギンズ」のポスターバリエーションやスチル写真ほか、シリーズ通しての画像が集まっています。
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  by tzucca | 2005-07-04 00:20 | → MOVIE

先先行上映で観て感無量!「スターウォーズ エピソード3:シスの復讐」

a0028078_322764.jpg1作目の「エピソード4」が初公開された時、俺は多感な中学生でした。
そして41歳になった今、ついに「スターウォーズ」のパズルピースがすべておさまって、<完結>を迎えたこの感無量を、なんと言葉にしたらいいだろう!
リアルタイムで壮大な「神話」がカタチになっていくのを体験できたことを幸運に思います。

あらかじめ決まっていた悲劇。「エピソード2」で芽生えたアナキンとパドメの美しすぎる愛。でもそのあとに必ず起こる、アナキンはダークサイドに墜ちてダースベイダーとなってしまう運命。そして全宇宙は帝国の支配下に。「エピソード4」につながるために「3」では重く暗い部分が描かれることになる…。

そう身構えてスクリーンに向かいながらも、20世紀FOXのオープニングテーマが流れ、「STAR WARS」の文字が宇宙の彼方に飛んでいくタイトルが出たとたん、会場からは大きな拍手!さすが、先先行上映に来ている客はノリが違う。
そしてオープニングの戦闘シーン長回しにすげぇぇ〜の一言。もの凄い情報量で、すべてを目で認識するには何回観たらいいだろう、ってぐらい。
デジタルエフェクトの総本山ILMにとって、技術の革新は「スターウォーズ」がハードルだったわけだから、その完結編となれば力の入り方は違うよね。
いかにもマニアって観客は、「今回のヨーダの表情はすげーよな。ピクセル数が前作より格段にあがってる!」とマニアックな感想を述べてました(笑)

「スターウォーズ」シリーズって、一般の映画に比べてストーリーテリングがちょっと独特なんだよね。見せ場を積み木のように重ねていきながら、一塊りのエピソードにしてるの。アトラクション的な映画であることが義務づけられているシリーズだから仕方ないんだけど、今回のようなシリアスでダークな部分に触れるエピソードは、もうちょっとデリケートな演出でもよかったと思うのが正直なところ。でも「スターウォーズ」だからね。人間描写ではなくて、溶岩の上で闘うオビ=ワンとアナキンという迫力あるアクションシーンでもって、とてつもなく切ない気持ちを観ている人に植え付けるんだよねぇ。ポスターにもなっている青いライトセーバー同士で闘うことの悲しさは、ぜひ映画を観て実感してほしいです。

a0028078_4232557.jpg切ない話なのよ。愛する人を守るために、より強大な力に引き寄せられていくアナキン・スカイウォーカー。「1」であんなにかわいかったアナキン坊やが、最強のフォース使い一歩手前まで行って、墜ちるところまで墜ちてしまう。
ジェダイでありながら目に暗さを持つようになったアナキンに、ジェダイ審議会への不信を語りかけるパルパティーン最高議長。ダークサイドへの誘惑でありながら、彼の言うところももっともだと思わせるジェダイ長老会の古い考え方。
いいヤツなのに、より大きな力の前に心がダークサイドに行っちゃうのって、オトナの男ならあること。人は性善説でも性悪説でもくくれない、元来弱いものなんだってことがアナキンの行動から伝わってくるよ。オビ=ワンに敗れた時の、アナキンの無念なあの目が、忘れられない…。
これで映画が終わってしまったら、あまりに救いがないんだけど、「4」があることで希望が持てるんだよね。砂漠の惑星タトゥイーンにかかる2つの夕日に、若きルークが見つめていたあの2つの夕日に、遠い未来の魂の救済を祈って、ただただ胸が熱くなるばかりでした。

さて。これで「スターウォーズ」シリーズは完結しちゃいました。
でもね、そうなるとやっぱり納得できないんですよ。スカイウォーカー親子とフォースの物語のラストが、「Ep6」の小熊(イウォーク)たちによって第2デススターが破壊されるオチでいいの?ちょっとあんまりなんじゃない?
当初の全9話構想を断念したのはいいとして、お願いだから第7話を作ってください。アナキン・スカイウォーカーの魂が浮かばれる納得できる完結を作ってください。頼みますよ、ルーカスさん。あなたがディレクターでなくていいから。

(2005年6月25日・ヴァージンシネマズ六本木スクリーン7)

a0028078_241157.jpg★会場には僕も持っているライトセイバーを持参して人たちがいました。そして、上映が終わるとロビーには、ダースベイダーはじめ帝国軍のみなさんがお出迎え。そしてリリモコンで動くR2D2も!「すっげー動いてるよ、かわいいー」と人だかり。
写真も撮ったのですが、なんとカメラが壊れてデータが消失してしまいました。残念!

★蛇足:「SW」は男の世界なんだよねぇ。「EP3」でをいをい、と思ったシーンがあって、それはベランダで髪にブラシを入れながら立つパドメと、離れて立つアナキンが会話するシーン。今どきこんな古典的なシチュエーション、ありなの?って(^^;

★帰宅して、さっそくDVDで「エピソード4」〜「エピソード6」を一気見してしまいましたー。ちなみにヴァージンシネマズ六本木では、7/3に「スターウォーズ」全6作を一気にスクリーンで観る「イッキミ・スペシャル」がありますよ。朝の9:30から23:00までの苦行が、たったの9000円(笑)


◆情報量の多い「エピソード3」の鑑賞ガイドとして、樺沢紫苑さんのEブック(無料・PDF)をおすすめします。→「スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐」の解読 とりあえず読んでスッキリする入門編

STAR WARS Japan:日本のスターウォーズ・オフィシャルサイト
STAR WARS:本国スターウォーズ・オフィシャルサイト


<この感無量なキモチを、SWマニアだった亡き浅見直哉くんに捧げます>



バージンTOHOシネマズ六本木はフィルムでの上映でしたが、この作品はデジタルデータを直接スクリーンに投影する上映方法を前提に色彩や画質を調整しているらしいです。
「ハウルの動く城」もデジタルデータをダイレクトに上映するDLP方式で観た方がはるかに美しかったので、「エピソード3」も次はDLPで観たいな。ちなみにDLPともう1つ、ドルビー社が開発した「Dolby Digital Cinema(DDC)」での上映もあります。DDCによる上映作品は「エピソード3」が第1作なんだって。記念すべき、です。

DLP方式で「エピソード3」を上映するシアター
DDC方式で「エピソード3」を上映するシアター
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  by tzucca | 2005-06-26 03:02 | → MOVIE

映画「ヴィレッジ」

公開時に見損なった映画シリーズその2。
「シックス・センス」以来ネタバレ厳禁映画を作り続けるM.ナイト・シャマラン監督作品。
<ストーリーを語ってはならぬ作品>というスタイルと監督本人がチラッと作品中に登場することから、<第2のヒッチコック>と言われているシャマラン監督の最新作は、圧倒的な映像の美しさと目に見えぬ存在への恐怖感を巧みに表現した、謎も納得のステキな作品に仕上がっていました。個人的には途中で仕掛けが分かってしまった「シックス・センス」よりも好きな作品。

森に囲まれた村では、電気のない時代の幸福な生活を人々は送っていたが、隣接する森には決して入ってはいけないという掟があった。目に見えぬ森に棲む者への恐れから、夜は村の周囲に篝火がたかれ、見張り台から監視することが慣習となっている。さらに赤い色は不吉な色とされ、マスタードイエローが村の安全を象徴する色として、村を囲む篝火の柱やマントに使われていた。
ただし、村と森の間には協定があり、それぞれの領域を侵しさえしなければ、互いの領域に入ることはないとされている。しかし村の年長者たちの口からは、森の先にある「町」の非情な出来事が語られる。かつては、森を通って町に行き来することができたのか?誰が森に棲む者たちと協定を結んだのか?
しかしある日、村の家畜の死体が発見された。毛をむしられ、首をひねられた死体。それは、森に棲む者の仕業なのか?

ストーリー構成の罠を期待してシャマラン監督作品を観る人がほとんど。だから公開までストーリーは厳重に秘密にされていました。
観た人もストーリーを語れないお約束から、期待せずに観たら感動したとか、監督のカメオ出演部分がわかった、というコメントをネットで多く見かけます。さらに前作「サイン」が期待はずれだったという人も多いのが分かりました(^^;

ミステリーサークルと超常現象をモチーフにしたメル・ギブソン主演の「サイン」は、予想もできないほど静かでスピリチャルな作品でした。「シックス・センス」はよくできた映画という印象以上を持てなかった僕ですが、「サイン」を観てシャマラン監督を見直したくらいです。(アクションをしないメル・ギブソンも、その後「パッション」を監督した敬虔さを思うと適役でした)
UFOの襲来を描くことはサイドディッシュで、メインディッシュは神の不在を嘆く神父と小さな奇跡なんですよね。静かな静かな展開は、まるでベルイマン映画を観ているようでした。よくぞハリウッド・メジャーでこんな映画を作れたもんだ!

 正しく生きているはずなのに、なぜ悲しみをお与えになるのですか?

「ヴィレッジ」の根底にあるものも、この問いかけだったように思います。
ただしこの作品は、「サイン」よりもメインディッシュとサイドディッシュのバランスがよくできていました。森の不気味さと若者の恋、そこに横たわる村の秘密。
シガニー・ウィーバーやウィルアム・ハートといった名優が、抑えた演技で脇を固め、盲目の少女アイヴィーを演じるロン・ハワード監督の愛娘ブライス・ダラス・ハワードの存在感が素晴らしかった!

ストーリーは語れませんが、この映画で特筆できる映像の美しさについては語りたい!木々の枝をなめるように見せるオープニングからして、「画」の美しさでビビッときました。電気のない村を表現するのに、自然光や火によって照らし出される絵画のような村の風景、人物の顔。
自然にある色は、ディスプレイで再現できる約1670万色よりもはるかに豊かです。象徴的な赤とマスタードイエロー以外の色を、ハデにならない階調の中で描いた色彩設計も見事です。
そして、構図!かつて映画を学んでいた学生時代、「第三の男」を観て、どのシーンも名場面と呼ぶにふさわしい完成度だったのに驚愕した覚えがありましたが、「ヴィレッジ」の各シーンの完成度、丁寧な作りにも、すっげーと素直に感動しました。

娯楽作品の蓑をかぶった芸術作品。シャマラン監督作品の潜む罠は、ストーリーだけではないんですね。
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  by tzucca | 2005-05-23 01:06 | → MOVIE

映画「エレファント」

カンヌ映画祭シーズンですから、ずっと観たかった2003年カンヌ国際映画祭で史上初パルム・ドール(最高賞)/監督賞のW受賞を果たした、ガス・ヴァン・サント監督「エレファント」のDVDを借りてきて観ました。

1999年に起きたコロンバイン高校の銃乱射事件をモチーフにした作品だけど、マイケル・ムーアの「ボーリング・フォー・コロンバイン」とはまったく逆のアプローチで<事件>までの時間を映像化した、静かでリアルで衝撃的な作品。

ーーたとえば先日のJR西日本・脱線事故のような大きな事件が起きたあと、どうなっているんだ?という視聴者の興味に応えるため、テレビは次々と映像と情報と見解を流し続けていました。
原因は?誰が悪い?起きてしまったことを解明する使命感にあふれたワイドショーや報道番組。
そんな番組を観ていてどこかひっかかってくるのは、被害者への配慮を置き去りにして、誰かを悪者にして、原因を並べ立て、興味本位な人々の納得を得るための<解答>をこぞって見つけ出そうとしていることです。それをおかしいとは思ってはいても、観る人の要望がそういうカタチにさせているのも事実。電車の過密ダイヤも、利用者がその便利さを求めていたからかもだし。

「エレファント」という映画が特異なのは、起きてしまった事件ではなく、まさにこれから起きる事件前の日常を、ただ淡々と提示しているところです。作り手側の<結論>や<解釈>に誘導するような描き方をしていないんです。
映画がはじまって50分を過ぎるまで、スポットを当てた数人の高校生のいつもと変わらないとりたててドラマチックでもない日常を、ひたすらカメラが追っていくだけの展開が続きます。
役者が演技しているとは思えない、ドキュメンタリーのような自然さに驚きです(セリフは役者の即興によるもの)。
なにかをしているシーンよりも、構内を移動して歩く人物の後ろ姿を追うシーンがやたら多いんですよ。ある地点からある地点に移動するまでかかる実質時間を観る側が共有していくうち、自分も事件が起こるその現場に居合わせているような感覚に陥ってきます。

映画がはじまってしばらくは、映画がどう展開していくつもりなのか全く読めないので、不安になってきました。やがて、ある場所でたまたまスポットを当てている生徒同士がかかわったり、すれ違ったりすることで、時間経過と空間が同時並行で認識できます。そして2人の男子生徒が行動を起こします。「中に入るな。地獄になるぞ。」

ーー街の人混みって僕はあまり好きではありません。スクランブル交差点で四方から歩いてくる人々が、真ん中でぶつからないよう互いを避けながら、対角線上に歩き去っていく風景。自分と一瞬かかわっていく、大量の見知らぬ人たち。でも、彼ら彼女たち1人1人には、それぞれ生活があり人生がある。それを感じるのって、自分のキャパを超えたコワイ考えです。
この映画には、そんなコワイ考えに近い感覚がありました。

さらにすごい孤独感を感じました。大勢の人に囲まれていても、親しく会話をする人がいても、個々の行動は1人の個人のもの。個を包みこむ皮膚という壁が、圧倒的に他人と距離を保っています。この映画の中で、他人との距離感がもっとも近いのは、銃乱射を決行した2人の男子生徒なのですが、それでもやっぱりヒトは所詮1人であることが分かって、心に穴があいたような気分になります。

「エレファント」は、ただひたすら画面を観続けることで、それぞれが観たことについて考えなくてはならない作品です。<暴力そのものがテーマ>という答えを用意してある「バトル・ロワイアル」よりもコワイ作り方です。

「エレファント」公式サイト
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  by tzucca | 2005-05-22 01:41 | → MOVIE

クールなエクソシスト「コンスタンティン」

「マトリックス」シリーズの番外編みたいじゃん?と予告編やCMを観るかぎり思っていたんです。キアヌ・リーヴスとSFXアクションとくれば。
いやいや、「マトリックス」とはまた別の魅力に溢れた、かなり気に入った作品でした!「アビエイター」のような一流の作品もいいけれど、何度も観たい!と思うのはこういうパワフルなホラー・アクションなんだなぁ、自分の場合。

冒頭、いきなりの悪魔払い。テンポのよさと音響の迫力で、映画的つかみはOK!
そこに登場する、ヘビースモーカーで「クソッタレ!」と悪魔を罵るキアヌ演じるコンスタンティン。のっけから「マトリックス」のネオとは違うキアヌの言動に、イメージの切り替えが煙草1本燃え尽きる時間分でできちゃう展開。

子供の頃から「見えないものが見えてしまう」能力に苦しんでいたコンスタンティン。若い頃自殺を図り、たった2分間だけの死から戻ってきたことで、地獄と行き来できる能力まで身につけてしまい、人間界に潜む掟を破った地獄の住人をボコボコにして、地獄に送り返すことを家業とするようになった男。
キリスト教では、自殺は許されないこと。自殺した者は天国へは行けない。
コンスタンティンは、自分が葬った罪人と同じ地獄なんかにゃ行きたくねーよ、と天国行きをめざしてせっせと悪魔払いをして点数稼ぎをしている。そんなことしても、まだ全然足りないと、大天使ガブリエルに言われながらも。
余命1年の肺ガン患者なのに、ガンガンにタバコを吸いまくり、他人のことなんか関係ねーよというクールさがすごいマッチしてるキアヌ君。これは新たな当たり役を手に入れましたなぁ!

金のかかったB級映画って、イカしてます。
さらに映像センスが光っていれば、サイコーです(「エイリアン」のようにね)
これが初監督作となるフランシス・ローレンスは、MTVやCMでは実績のあるディレクター。新しいとこでは、ジャネット・ジャクソンとミッシー・エリオットが競演した"Son Of A Gun"のPVがいい感じに魔界っぽかったので、注目してたんだ。

「コンスタンティン」は、ハデなSFXもいいけど、目を引いたのはロスのダウンタウンの映像。いかにもな映画的照明でなく、自然光や実際にある照明器具からの光で照らされた感じの映像。まるで東京の夜景のような生々しい空気感を、ハリウッド映画で観るとは思わなかったよ。この映画では、<地獄>は同じ場所の違う層に存在する世界とされているから、<人間界>が作り物めいた映像じゃマズかったのでしょう。
凝った映像としては、イスに座ったコンスタンティンが<運命の槍>を追うサーチ・イメージがグラフィカルでウットリしました。
MTV出身の映像クリエイターが劇映画を撮ると、映像に凝るのは当たり前なんですけど、自己満足に走らずキャラクターを中心に描いたことで、映画としてちゃんと成立してたのが、フランシス・ローレンスの賢いところ。

キリスト教や天国、地獄の知識が必要か?と言えば、あれば当然楽しめるでしょうけど、なくても「そういうものなのね」と受け入れちゃえばOK。コミックスが原作だから、ストーリーやキャラ設定はシンプルで分かりやすく、重々しくないのがいい。
(「エヴァンゲリオン」にハマって用語の意味を調べた人には、分かりやすいかも)

クライマックスでコンスタンティンは、ルシファーと対面します。
ミッキー・ローク主演の「エンゼル・ハート」では、デニーロがルシファーとして登場しましたよね。この「コンスタンティン」のルシファーも、けっこういかしてましたよ。うふ。
大天使ガブリエルも人間の姿で登場しますが、演じたティルダ・スタントンが、中性的でいい感じなんです。デレク・ジャーマンの作品にいくつも出演していた女優さんなんですよね。いいキャスティングだと思いました。ルシファーさんともども。
だってキリスト教は、そっち系を認めてませんもんねぇ(^^;
「地獄はいいぞぉ、オトナのテーマパークみたいで…。」というルシファーの囁きに「そうだねー、天国は退屈かもねー」と思えてしまう人は、この映画おすすめします!音響効果がかなりハマってるので、ぜひぜひ音のいい映画館でどうぞ。そうそう、エンドクレジットは最後までちゃんと観てね!

(2005年5月7日 バージンTOHOシネマズ六本木ヒルズ Screen5)


「コンスタンティン」日本版公式サイト
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  by tzucca | 2005-05-08 23:36 | → MOVIE

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