映画「それでもボクはやってない」は必見ですよ

a0028078_4354651.jpg誰でも被害者・加害者に成りうる痴漢冤罪(えんざい)をモチーフに、これまでの映画やTVで描かれた裁判とは全く違う、日本の刑事裁判の現実を映画という手段で問う、話題作!

「Shall we ダンス?」の周防正之監督11年ぶりの新作ということでも話題の作品ですが、これまでの周防監督作品のようなコミカル・タッチでハート・ウォーミングな内容と打って変わった、シリアスで社会派の映画。なのに、重苦しくなく最後まで緊張感をもって観られちゃったのは、周防スタイルともいうべき緻密なリサーチから描き出された知らない世界のディテイルのトリビア的驚きと、自分だったら?という置き換えが可能な状況の描き方がうまいから。

マジ、この現実は相当コワイですよ。裁判に持ち込んだら、99.9%有罪になってしまう日本の現状。無実であっても無罪になる保証はない。
とはいっても、僕ら一般人の意識もそうだよね。新聞やニュースで「逮捕された」と報道されれば「法律違反をした」「犯人がつかまった」と素直に思ってしまうし、とりあえず疑わしいヤツは捕まえておけ、火のないところに煙は立たないだろ、って思いがちだから。
職業として人を裁く人たちも、全能の神でなく人間なんだもんなぁ。

というわけで、この映画は観ておくべきですよ。
2009年に日本でも裁判員制度がはじまることだし。裁判傍聴オタクでなくても、犯罪に巻き込まれたり犯したりしていなくても、裁判にかかわることがあるかもしれないのだから。

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2007年に入ってやたら目にした、プロモーション活動でインタビューを受ける周防監督の姿。そのパワーから、この作品を作るための熱意や目的意識が伝わってくるんですよね。監督を依頼されて、職人的に映画を作り上げました、というのとは決定的に違う作家性。

話は飛びますが、前日に制作費30億円をかけた日本映画「蒼き狼 地果て海尽きるまで」の試写を観て、映画的センスの古さ、説明的なセリフや画面、凡庸な演出に「……」となってしまったのです。NHK大河ドラマの総集編のようでね。でもお年な方々はすごく満足していたようで、分かりやすさと映画としての質は別物なのかねぇ、と思っていたのですよ。
そして観た「それでもボクはやってない」は、昨日観たのって何だったの?と思うくらい骨太な映画らしい映画で、才能のある人が使命感をもって作ると、こんなにも映画は生きてくるのか!と素直に拍手でした。訴える内容の明確さは勿論ですが、文章ならともかく「画」になりにくい部分がすごく多いにもかかわらず、その画づくりや見せ方がうまいんです。人物やセリフがともかくリアルなんです。
見終わった後で、上映時間が2時間23分もあったことにびっくり。画面に目が釘付けになっていて、感覚的に1時間40分くらいかと思っていたから。

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「それボク」に注目したのは、その内容と11年ぶりの周防監督作品だったこともありますが(「ファンシィダンス」以降全部劇場で観てますから)、主演が加瀬亮だったから。
2001年にリリースされたDVDマガジン『Grasshoppa!』収録「FROG RIVER」第1話で、全裸DJプレイしてたのを観てから、密かに応援してたんですよ。基本的に気弱で情けない感じながら、役柄によって姿をガラッと変える<料理のしやすい若手役者>だった彼が、「硫黄島からの手紙」に続いて、このような注目作の主役を演じることに拍手!です(初主演作は2003年の「アンテナ」)
「それボク」の金子撤平役(調書にサインするところでフルネームが分かります)は、これといった個性のないフツーの青年なんだけど、加瀬亮の魅力がすごく出てます。フツーに流されるまま生きてきたような感じが、たぶん多くの人が自分と置き換えることができる<白紙の紙>のようで、つまりそれが役者として<監督が料理しやすい素材>を役柄にシフトしたようじゃないですか!
同世代で同時代にメジャーで活躍している妻夫木聡と近いんだけどちょっと違う方向性をもった存在なんですよね。口ベタな分一重の目で多くの感情を語る加瀬君と、表情で感情を物語る妻夫木君のナイーブさとは違います。だから、声を荒らげて言葉を口にする加瀬君(=撤平)の内面に沸き立つ怒りの大きさが、とてつもなく痛いんです。

役者としてのうまさを思い知ったのは、主任弁護士を演じた役所広司。当番弁護士・浜田を演じた田口哲司も正義感と現実の辛さに挟まれた感じがすごくよかった。新人弁護士・須藤を演じた瀬戸朝香は、当初痴漢へのHATEな気持ちを徹平に向けていたのが、次第に公平性に欠ける裁判に心が変化している様を、等身大の女性として自然に演じてました。
そして、イイ人の代表のような小日向文世がこの作品で見せる裁判官は、この作品の「要」です。

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「それでもボクはやってない」を観たいよね、という話をしていると、僕もですが、多くの男は、満員電車の中で痴漢に間違われないように気を遣っていることが分かります。
つまりね、手の置き場を考えるということ。次の2つのパターンが多いみたいです。1つは、両手で荷物を自分の前で抱えるか鞄の取手を握りしめている。2つめは、ドアか座席側にカラダを向けて両手を胸より上に挙げ、つり革かそのバー、壁に手を置き、押される人の波に負けないよう力入れて耐えているというもの。
俺、自分の前か後ろに背の低い女の子がいる場合、人に押されてその子が圧迫されないように、両手をつっぱったり両足踏ん張って、カラダの密着を緩めるように耐えること多いです。超疲れます。それだけ気を遣っても、やっぱり間が悪いと俺も痴漢に間違われて撤平と同じような目に遭うんでしょうね。
この映画を一緒に観に行った彼女は、もしそうなったらさっさと「自分がやりました」と言って罰金払って帰ってきなさい、と言ってました。でも迂闊に調書にサインしちゃダメだよ、って。いくら普段、仕事で文章を直しているからといって、自分の手で文章を修正したりしちゃダメ、必ず相手に訂正させなきゃ、サインはしなくても自分でやったことを認めることになるから気をつけて、とも。

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ここで俺が痴漢に遭った時のことを書いておきます。最後に遭ったのは20代後半の頃。これといった特徴のない工事現場なんかにいそうなおじさんでした。その時俺は、最後尾車両の壁に背中をつけて、分厚いハードカバーのS・キング「IT」を両手で持って読んでいたんですよ。あそこを揉まれて、チャックを開けてまさぐられて、それでも満員だったから両手を降ろすことができずにおじさんの手を静止することができませんでした。カラダをひねったり向きを変えようとしたけど、かえってそれが不審な動きとなってまわりの乗客に俺がされていることを悟らせる結果になってしまいました。あきらかに俺がされていることを目で分かっているはずなのに、見て見ぬふりするんですね。
「それボク」では、痴漢された15 歳の少女が勇気を振り絞って、ドアが開いて降りてく撤平の腕を掴み、「痴漢したでしょ」と訴えます。痴漢をした手は、たしかに撤平の手だったのか、満員電車の中ずっとその手を目で追うことができたのか?が裁判で重要な部分となってきます。
引き抜かれた手が服の影などに入って、視界から一瞬見失うと、その手が誰のものか分かるのか?
俺のその時の経験だと、痴漢してるおっさんは僕の正面にいたので顔は分かりました。でもね。電車が駅についてドアが開いたとたん、どどっと人の波とともにそのおっさんが出て行った時、ほっとした俺は一瞬おっさんの姿を見失っちゃったんです。正面からのおっさんの顔と着ているものの上半身は認識してるけど、早足で歩き去る後ろ姿とカーキ色のブルゾンが何人が目に入って、どれがあいつ?というのがすぐに目で追えなかった…。急いで降りて手を捕まえるなんて、たぶん無理でした。
その当時の俺は、されたことの内容よりも、そういうことの対象として見られた自分のスキにふがいなさを感じましたね。女性とはこのあたりの感じ方は違うかもですけど。
(もっと若い時に遭った痴漢おじさんは、下車した後ホームで俺のことを待ち伏せしてたことがあった。恐かったなー)

痴漢はむかつく犯罪です。でも、やってもいない痴漢行為によって、何ヶ月も何年も棒に振るような冤罪は、あってはならないと思います。
映画の冒頭に出るテロップ、イギリスの法格言である「十人の真犯人を逃すとも 一人の無辜(むこ)を罰するなかれ」は、この日本では当然のことでないことを教えてくれた、機会があればもう何度か観ておきたいと思う「それでもボクはやってない」でした。

2007年1月27日 MOVIX亀有・スクリーン1で鑑賞

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「それでもボクはやってない」公式サイト
ココログ:周防正行の「いつもデジカメ撮ってます」
→撮影現場の様子などを監督自身がリポートする『それボク』デジカメメイキング!

痴漢冤罪 - Wikipedia
痴漢えん罪ネットワーク
→こんなにあるのか、無実を認めてくれない裁判が…。「要注意裁判官一覧」があります。

加瀬亮 公式サイト
→加瀬君が所属するのは浅野忠信の事務所「ANORE」。そこに所属する女優・菊地凛子さんが、映画「バベル」でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされて超話題ですね!
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  by tzucca | 2007-01-28 04:37 | → MOVIE

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