「エミリー・ローズ」

荒涼とした土地に建つ一軒家で、明るく聡明な女子大学生だったエミリー・ローズが、悪霊に取り憑かれ、変わり果てた形相となって死亡。そして悪魔祓いの儀式を行ったムーア神父が、過失致死罪で告訴されることに。宗教的な対処ではなく、精神医学の治療によって彼女を救うべきだったという世論によって。
悪霊に取り憑かれた状態というのは、精神医学のうえで類似した症例があって、投薬によって回復の見込みがあったにもかかわらず、脳の機能を一部麻痺させるクスリの効能が悪魔祓いの効果を妨げるという理由で、神父がクスリの服用を中止させたのが「罪」というワケ。実際は、エミリー自身がクスリの服用を断ったのだけど。
エミリーは本当に悪霊に取り憑かれていたのか。精神医学で救うことができたのか。悪魔祓いの儀式の失敗が、エミリーの死の直接の原因なのか。

悪霊に取り憑かれた少女といえば、オカルトというホラージャンルの映画になるのだけど、「エミリー・ローズ」が描くのは、事件の真相を裁判によって明かしていくという法廷劇。それが新鮮。だからストレートなホラー映画では到達しにくい境地へまで、結末を持って行くことができた傑作となりました。

法廷劇とはいっても、やっぱりコワイんですけどね。過剰な恐怖演出でなく、理論的な展開の中で目に見えない邪悪な気配を描くのだから、妙にリアルなコワサがあるんです。
なんといっても、映画の冒頭「この映画は実話に基づいている」とテロップが出ますからね。
1970年代に旧西ドイツで実際に起こった事件がベースになっているんです。

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キリスト教の悪魔祓いを世間に知らしめて、オカルト映画というジャンルを確立させた「エクソシスト」が制作されたのが1973年。「エクソシスト」は、1949年メリーランド州で起こった14歳の少年に起こった事件をベースに書かれた同名小説の映画化です。
映画「エクソシスト」と「エミリー・ローズ」の元となった事件の関連性はなにかしらあるのかな。悪魔祓いというものへの注目度は違っていたかもしれませんね。
社会的な影響といえば、数年前から悪魔祓いの需要がすごく伸びてるらしいんです。精神疾患に当てはまるものも多く含まれているようですが、バチカンもこの状況を受けて、悪魔祓いについての特別講座をいくつかの神学校で開いているらしいですよ。

「エミリー・ローズ」は、一般のホラー映画を見終わったのと違う余韻を残す映画ですけど、エンド・クレジットが流れている間、どうにも自分の中で納得しきれないものが去来してたわけ。それは、映画の作りについてのつっこみではなくて、悪霊というものは存在すると思うのだけど、なぜエミリーに取り憑いた悪霊は、きちんと聖書世界の設定に沿っているのだろう?
悪魔祓いには、憑いている悪霊の名前を問うのがお約束ですが、悪霊って本名を名乗るものなのかな。
自分にとって都合のいい有名な悪魔を名乗ってる場合はないのかな。悪霊に真実を迫るのもどうかと思ってしまうのですが、それって推理小説でトリックが暴かれると、犯人はうそを言わないというルールに近い「様式」みたいに思えちゃうんですよね。
神の存在を絶対的にするために対極にある悪魔の存在を絶対的とするキリスト教の設定が、あいまいさに潜む可能性までも単純に2分化しているようで、釈然としないのです。
取り憑いている悪霊が異教のものだとしたら、キリスト教ではどのように処理するのだろう。日本にも狐憑きを祓う儀式があるように、キリスト教圏でない世界でも儀式として「悪魔祓い」は行われていますから。

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最後に話を映画にもどしましょう。
エミリーに異変が起こりはじめた頃の描写が、本当に邪悪な存在のせいなのか、精神疾患のせいなのか、判断がつかないように描いているのがリアルだなぁと思いました。
生前のエミリーの言葉から再現される主観的な部分では、確かに超自然な力によって支配されている様子を描きます。でも大学構内での第三者の証言などから再現される客観描写の部分では、精神疾患の症状に見えるのです。この描き分けは、面白かったなぁ。客観描写部分では、独特な色彩設計やカメラワークによって、「サスペリア」を作ったスタイリッシュ・ホラーの帝王ダリオ・アルジェントの作品みたいな味付けがされているのもお楽しみです。
エミリーを演じたジャニファー・カーペンターの熱演がすさまじいの一言。野心家の女性弁護士ローラを演じたエリン・ブルナーの、自信と恐れに揺れながら凜としている演技もよかった。

こういう裁判の陪審員に任命されてしまったら、どういうジャッジを下さなければならないか、すごい考えものです。
「ブロークバック・マウンテン」と同じ日に鑑賞したのですが、2作に共通しているのがキリスト教という信仰から生まれる弊害と生きている人間の愛というのが、興味深いところでした。


(2006年4月9日・TOHO Cinemas 六本木ヒルズ)

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エミリー・ローズ公式サイト
「エミリー・ローズ」公式ブログ

<関連記事のリンク>
→「エミリー・ローズ」に関して、悪魔憑きの精神医学的な立場からの記事が興味深い、『シカゴ発 映画の精神医学』BLOG記事


●かなり前に読んだ本ですが、講談社プラスアルファ文庫から出ている上田紀行 (著)「悪魔祓い」がかなり面白かった。スリランカでの調査から、悪魔に出会うことで「生」を取り戻していく「癒し」をプロセス化した悪魔祓いの儀式を、文化人類学の立場から分析しています。
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  by tzucca | 2006-04-22 15:34 | → MOVIE

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