映画「バッド・エデュケーション」

a0028078_1957584.jpg「美」という言葉を多用したがるボーイズ・ラブ大好き女子向けって印象が強かったので、いつかWOWOWでオンエアされたら録っておくか程度に思っていた映画だったのですよ、実は。
「モーターサイクル・ダイアリーズ」で気に入ったガエル・ガルシア・ベルナル君つながりで、観ておかねば!リストのランクを一挙にアップさせたのでした。監督は、世界的巨匠で変態さんのペドロ・アルモドバル監督だしね。僕が観てない方がらしくないよね。

ストーリーは、次回作のねたを探している若い映画監督エンリケ(フェレ・マルチネス)の元に、元同級生だったというイグナシオ(ガエル・ガルシア・ベルナル)が訪れたところから始まります。イグナシオはアンヘル(天使)という芸名で役者をやっていて、「次回作で役をくれないか」と売り込みをしつつ、自分で書いたという脚本を置いていきます。部屋を出て行くイグナシオを見送ってエンリケが一言「初恋の相手だった」。ここから、ごく当たり前のように男が男を求め合う世界に突入していくわけ。

イグナシオが置いていった脚本「訪れ」に目を通す監督エンリケの頭の中で、もうひとつの映画が展開していきます。主役は女装のガエル君。ゴルチエのドレスを身にまとい、ヒップからゆっくりカメラが上に向かっていくと現れる、びっくりするほど美女となったガエル君。ここで歌われるのは「花様年華」で印象的に使われていた「キサス・キサス・キサス」。なにげにアルモドバル監督とウォン・カーウァイ監督は、選曲がかぶっていて面白い。
女装のガエル君(名前はサハラ)が今夜のお相手に選んだ男は、かつて教会の学校で一緒だった"恋人"エンリケでした…。そこから映画の中の映画で展開する少年時代の回想シーンが始まります。

1本の映画の中で、入れ子状に展開するストーリー。その構成はたしかに凝っているんだけど、女装が見事なガエル君を楽しむ以外、目新しい展開ではないんだよね。少年時代のシークエンスは、萩尾望都や竹宮恵子の少年愛コミック(例で歳がバレちゃうね)を読んできた人にとって、「それはそうよね」という定番な展開。
観る前に思っていた「ボーイズ・ラブ大好き女子向けな映画」そのまんまじゃんと思い始めた頃、40分くらい経ってからかな、アルモドバル監督が今更そんな映画作るか?と気づき始めたわけ。
人間の深いところにある想いや哀しみ、人生の残酷な面を巧みに描き出すことができる監督。たとえばミスチルの桜井さんが、今更「愛さえあれば人生これオール・ハッピー」な歌詞なんて書くわけないだろ、って感じに近い確信。

映画が後半になると、その確信は見事に的中。アルモドバル監督、一筋縄ではいきません。
前作「トーク・トク・ハー」で思い知らされた、語り口の巧みさに改めて恐れ入ってしまいました。
少年時代、神父に性的行為を強要され、やがて女装の男となった青年が、かつて恋心を抱いていた同級生を助けるために、神父のしたことを小説にしてゆすりに行く。映画の中で制作されていく映画ではそういう筋書きだった出来事が、現実はどうだったのかが解き明かされていくうち、人間の哀しみや人生の残酷さがしっかり浮き彫りにされていくんですよ。

若い時にカッコよかったヤツが、髪が薄い太ったおやじになっているのを見て「時って残酷」と思う時があります。当人にとっては長い年月の人生の結果にすぎないのだけど、過去の姿の幻影を思い描いて現実と直面した時、そのギャップにショックを覚え、勝手に自分がイメージしていた幻影のやり場に困惑することってありませんか。
時って残酷。「訪れ」が持ち込んだものは、自分は自分であるしかないことの再認識。
そしてもうひとつの残酷。かかわりのある人から「邪魔な存在」とレッテルを貼られること。自分の幸せをつかむために、その「邪魔な存在」を消しにかかる考えに取り憑かれること。
映画のタイトル「バッド・エデュケーション」は、すべての元凶となった神父の行為(=悪い教育)を指してますが、映画が描くのはその後の人生の行き先。

入れ子状に展開する少年時代以外のストーリーすべてに登場するガエル君。見事な演じ分けに役者魂をみました。女装が見事なだけではありません。
エンリケ監督を演じたフェレ君もいい感じです。野心家の役者アンヘルとして現れたガエル君が、かつての想い人だと分かった時の瞳の輝き、下心むき出しの視線。それが本心を出さず目的の分からないアンヘルに対して、しだいに視線が冷たく冷めたものになっていく変化。クリエイターらしい繊細さが加わって、アルモドバル監督の分身であるかのような錯覚を与えてくれました。

なんだかすごく長い文章になっちゃいました(苦笑)
あとちょっといい?アルモドバル監督の作品は、スペインのアート感覚も炸裂しています。ポスターが次々と破れていくグラフィックスがカッコいいタイトルバック。クリエイターはホアン・ガティという人。他にも部屋のインテリアの色遣いなど、人物以外にワクワクする部分がてんこ盛り。人物の光のあたり方が美しい!

そうそう!DVDのアルモドバル監督自身のコメンタリー音声で、2度目の鑑賞までしちゃいました。僕の映画の見方って、どっちかというと演出寄りなものだから、すごく勉強になりました。
その中で、神父と会話する女装のガエル君を「ジュリア・ロバーツみたいだ」とコメントしていたのですが、僕は「エロイカより愛をこめて」のエロイカ伯爵みたいだと思いました(またしても歳がバレる) 裸体姿もいっぱい見せてくれてますが、「君、首がちょっと短いのね」ってのが分かった。僕と同じだ(笑)
あと監督コメントでは触れていませんでしたが、ガエル君のアップで、やたらカメラ目線が多いのも特徴的な撮り方でした。これはポイント・オブ・ビューという「羊たちの沈黙」でも多用されていた手法。観客と視線が合うことで、直接語りかけてくる独特な緊張感を生み出すんですよね。「モーターサイクル・ダイアリーズ」で印象が強かったガエル君の目力が、この作品でもすごく発揮されてました。

BLOGのレビューをあちこち見ていても、あんまり大絶賛はされていない作品ですが、僕的にはかなり思い入れできる作品。ゲイの描写についてばっかり書いてるレビューは、「ハウルの動く城」でキムタクの声優ぶりがどーのこーの言っているような感じで、「で?なに?映画については?」ってものが多かったんだけど、普通の人はそっちに全部持って行かれちゃうものなのかな…(^^;

「バッド・エディケーション」公式サイト
・第57回カンヌ映画祭オープニング作品・ニューヨーク批評家協会賞外国語映画賞受賞
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  by tzucca | 2006-01-21 18:41 | → MOVIE

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