不気味の谷って

「R25」の記事にあった、日本はこれから人口が減っていくんだから、移民についてもっと考えるべき、という文章から突発的に、「レプリカント」を頭に思い浮かべたのでした。
「レプリカント」っていうのは、僕の世代の映画好きならエブリバディ・ノウズの「ブレード・ランナー」に登場した労働用アンドロイドのこと。

でね。もし今「ブレード・ランナー」を再映画化するとしたら、レプリカント役は俳優ではなく3DCGキャラクターかもしれないなー、って思ったわけ。でもすぐにその考えは却下。あのストーリーは、レプリカントに宿った「心」が観客を惹きつけるわけで、映画版「ファイナル・ファンタジー」の超リアルな3DCGキャラクターのように、姿形が人間そのものでも命が宿っていない動く死体みたいでは、映画として成立しないもんね。

そう、映画版「ファイナル・ファンタジー」のキモチ悪いほどリアルに作り込まれた3DCGキャラクターは、リアルであるがゆえに、生きた人間との決定的な「差」を見せつけられたよね。それは<命>。「攻殻機動隊」でいえば<ゴースト>?。
葬式で目にする<亡骸>の、<命>が抜き出た<モノ>でしかない悲しさを、そのまんまリアルな3DCGに感じてしまうんだよね。生きる屍のような気味の悪さがあるんですよ。

そこでまたまた頭に浮かんできたのは、ちょっと前にここに書いた杉本博司氏の写真。蝋人形の歴史的人物を、あたかも実物のポートレートのように撮った写真シリーズがあるんです。照明などのテクニックで、命無きものに「命」を宿したかのように見せることができるなんて、撮る側の意識の強さがスゴイ!

リアルな3DCGキャラクターの生を感じない気味悪さを、皮膚と筋肉との関係や瞳の輝き、息をしていない感じなどに原因があるのかな、と思ってみたのだけど、もしかしたら表現しだいでどうにかなるものかもしれないですね。
実際ハリウッド映画では、実写との合成で部分的に3DCGキャラクターを使っているわけで、そこだけに注目がいかないような演出やカット割りで不自然さを回避していることだし。

こういう見た目のテクニックが蓄積されて、技術が突き詰められると、将来「命を注入」なんてコマンドボタン1つで、生命感が出ちゃうかもしれない。
そしたらますます「命」ってなんだよ?と悩みまくりそうだ。宗教的倫理に触れちゃうかもだし。

なーんて脈略ない考えをだらだら書きましたが、落としどころは何か?っていうと、サイバーワールド・ニュースの老舗「HOT WIRED JAPAN」にあった次の記事。

<リアル過ぎる『Xbox 360』用ゲームと「不気味の谷」現象>

つまり、僕が感じたリアルな3DCGキャラクターに感じる生きる屍のような気味悪さって、ちゃーんと「不気味の谷」現象って言葉があるんだね、ってこと。
[PR]

  by tzucca | 2005-12-18 23:32 | → LIFE

<< 寒い夜は、フットバス クリスマス・イルミネーション >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE