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パゾリーニの「ソドムの市」

マルキ・ド・サドの『ソドムの百二十日』を、イタリア映画界の奇才パゾリーニが映画化。ホモセクシャル、スカトロ、拷問描写がセンセーションを巻き起こし、本国イタリアはじめ各国で部分削除、上映禁止になる。
全精力を傾けてこの作品を作ったパゾリーニ監督は、映画が完成してまもなくローマ近郊の海岸で激しく損傷した遺体となって発見される。
同性愛者だったパゾリーニから個人的な性的行為を要求された「ソドムの市」出演の少年が、逆上して木材で殴ったうえに自動車で轢いて殺害したとされていた。
それから30年経って、服役を終えた犯人とされた男が「真犯人は別にいる」と今年の5月にテレビ番組で証言。
当時の助監督からも、パゾリーニは殺害された当日「盗まれたフィルムを取り戻すため犯人と交渉する」ため出ていったと語っている。
犯人の新証言を受けて地検の再捜査が始まったが、真相は謎のまま先月の12日に捜査が打ち切られた。



1976年の日本公開時、僕はまだ12歳でした。
映画雑誌「スクリーン」「ロードショー」を買ってもらい、図書館に行って「キネマ旬報」のバックナンバーを読みあさるという、小生意気な映画少年でした。
当然「ソドムの市」の紹介記事も目にしていました。
「スクリーン」には、公開作品紹介に洋画の成人映画も写真付きで掲載されていて、子供ながらに、「おっぱいが大きな女が出るポルノ」「動物と交わるポルノ」など、今から考えれば変態趣味といわれる内容も、お酒や煙草と一緒にオトナになったらそういうことに興味を持つものなのかぁって程度の認識をしていました。
しかし「ソドムの市」のスチールは、そういうポルノ映画とあきらかに何かが違っていたのを記憶しています。なにか絵画的で宗教的な臭いがあったのです。

パゾリーニの「ソドムの市」_a0028078_23285722.jpgオトナになって、雑誌「夜想」や渋澤龍彦の本を読む人間に無事育ち(笑)、倒錯世界の妖しい空気に触れるたび、頭のどこかに「ソドムの市」という映画の存在が常にひっかかっていたような気がします。
1990年に青土社からハードカバーで発売された、本邦初の完訳版『ソドムの百二十日』は、ワクワクもので手にしましたよ。

なんで今になるまで、「ソドムの市」を観なかったんだろう。不思議です。
1999年に渋谷のユーロスペースで「パゾリーニ映画祭」が開催されるまで、観る機会がなかったというのもあります。でも一番抑制剤となっていたのは、「とてつもなく不快な映画」「気持ち悪くなる映画」「2度と観たくない映画」という評判だったかもしれません。ぶっちゃけ、観るのが怖かったんです。
それがね、ふとしたきっかけで「最低映画館」なるサイトで、大好きなB級SF/ホラー映画の中にこの作品紹介を見た時、「あれ?なんで俺観てないんだろ?」と思っちゃったの。ホラーものでは、相当気持ち悪い映画も、不快になる映画も観てきているのに。

DVDは、オリジナル完全版と銘打たれています。
世界中でズタズタに切り刻まれてしまった作品が、美しい画質と冒頭だけしかぼかしの入っていない状態で観られるなんて、ありがたや!
ゆいと2人並んで、じっくり鑑賞。
衝撃でした。多くの人が衝撃を受けたという男色行為や排泄物を食べるという変態行為、拷問シーンにではなく、画面の美しさと抑制の利いた行為の描き方、そしてテーマ性にです。
変態行為への妄想を熱病にうなされたように書き連なっている原作を、ファシズムという毒を加えてより美的作品に仕上がっていることに、驚いたのです。
理解できないことは多々あります。映画の中に散りばめられた多くの記号的な比喩。イタリア、とくに映画のオリジナルタイトルとなっている「SALO」サロ共和国の歴史、パゾリーニの生い立ち、文学・芸術の引用元などを調べないと、映画に込められたパズルピースをはめ合わせることはできないと思いました。

僕が高校時代の頃って、映研でアートムービーに傾倒していた人たちには、ゴダールが絶対的に神格化されてました。「僕ゴダールの映画好き〜。カッコいいもん。」なんて一言を聞かれた日にゃあ、ザザザッと円陣に取り囲まれて「貴様にゴダールの何が分かるというのだ!」とボコボコにされそうなコワサがありました。

パゾリーニもそんな感じ。ここで何の教養もない僕が語ったところで、物影から鞭で背中をパシッと叩かれそうでコワイです。
でも、美しいと思ってしまったのです。
それはきっと、鮮明なDVDの画面で、ウンコや拷問シーンが「本物でない」ことが分かったからかもしれないけど(一部は本当っぽかったけど)。今のアダルトビデオなどでは、本当に鬼畜な行為を収録したものが出回ってるから、遠景で絵画のような構図と光で描かれるこの作品の節度に、「品」さえ感じてしまいました。

この作品に描かれているのは、SとM、両者の契約と信頼関係の上で、それぞれの欲望を結実させるというSM行為ではないんですよね。
虐待される少年少女たちは、4人の絶対者(大統領、最高判事、大司教、公爵)に抵抗する術もなく服従しているだけなんですよ。しかも1人の人間としてではなく、名前のない民衆というグロスの一要素として。そこには両者の快楽の享受はなく、とてつもなく冷めた関係性しか存在していません。
名前を奪われることで、存在を征服されるという考え方って、宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」でも登場しましたよね。「ソドムの市」でも名前という個人の証を奪われた少年少女が、画面上でもグロスでしか認識できないんですよね。目立つ存在としては、少年3人、少女2人くらいがいるけど、あとはあまり記憶に残らないの。
狂気が匂い立つ4人の男たちもコワイけど、この冷えた描き方もコワイ。
"一人の人間を繰り返し殺しても、とても飽き足りません。
ですから、なるべく大勢の人間を殺すのです。あははははは。"
というセリフがきっかけではじまる拷問大会。
映画「独裁者」でヒトラーを真似たチャップリンの有名な演説シーンにある「1人を殺せば犯罪だが、たくさんの人間を殺せば英雄になる」というセリフに通じるものがあるなと、ぶるるる。

大邸宅に籠もった4人の絶対者、17人の少年少女、若い兵隊、館の使用人、そして4人のマダム。大広間に集まった絶対者と少年少女、兵隊を前に、マダムが順番に自ら体験した卑猥な出来事を語っていきます。その話にインスパイアされて、4人の絶対者によって次々と変態行為が決行されていきます。
この、マダムの妖しい美しさがいいんですよ。退廃美とでもいうんでしょうか。
着飾ったマダムの口から、スカトロを「洗練された趣味」なんてヘーゼンと語られることに、多くの人は引いてしまうかもですね。たぶん、変態趣味でない人であっても、自分の性的志向って正当化するほかないはずなので、その肯定の仕方が「洗練」という言葉で言い表されているのが「新鮮」でした。でもこの排泄物、高級チョコレートとマーマレードで作られた小道具だったこと、先に知ってて観たから平然と観てられたかもしれないんですけどね(^^;

パゾリーニの「ソドムの市」_a0028078_1233861.jpg終盤、名前を呼ばれて<個>を取り戻した少年少女には「犯した罪の重さを知るがいい」と言い放たれ、拷問大会へと発展していきます。広間で行われる狂気の行為を、4人の絶対者は順番に1人づつ、館の窓から双眼鏡で見るという「高貴なお方」の「影ながら見る」かのような楽しみ方がオツでございました。遠景で観ることで、観客にとってはリアルさが倍増します。
酷い行為を押しつけられて、なおかつ「自分の犯した罪を知るがいい」とはあまりに救いがないよなぁとは思いました。パゾリーニの生い立ちから、悪徳を直接行う者ばかりでなく、ファシズムに流されるまま服従してしまった一般の民も、罪の対象だったという意味なのでしょうか。

あれ?と思ったのは、チラシにコラージュされた電気椅子に縛り付けられた少女が、本編にありませんでした。登場するとしたらラストの拷問大会だと思うんだけど、オリジナル全長版なのに入っていないということは?それがパゾリーニ監督殺害事件にからむ盗まれた撮影フィルムに入っていたってことかな。あと、スチールで観たことがある拷問大会が行われた広場に、死体が並んでいたシーンもなかった。まるでナチスのホロコーストを思わせるような光景でした。これもまた盗まれたフィルムに?

サイト上には、「ソドムの市」の鑑賞ガイドとなるページがあります。
とくに、<ソドムの市相談室>には分からなかったことの数多くに解答がつけられており、かなり参考になりました。
パゾリーニ映画鑑賞の試み〜あるフォーカス:ソドムの市相談室
ピエル・パオロ・パゾリーニ研究


これらのページを読んだ後、僕とゆいは何度も「ソドムの市」を観返しました。
奥が深いです…。コワイくらい。
思想的なことも知りたいけれど、ぶっちゃけ、少年少女らの裸体は美しかった。
一番の謎は、これだけのルックスの出演者たちが、この映画に出演することになった経緯だったりします。

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『ソドムの市』ピエル・パオロ・パゾリーニ 監督作品
Salo 'O le 120 Giornate di Sodoma
1975年/イタリア映画/117分/ビスタサイズ・カラー

DVD
パゾリーニ・コレクション 『ソドムの市』 (オリジナル全長版)
2003年2月リリース
エスピーオー - ASIN: B000083YCJ
(オリジナル音声リマスター版)
¥5,040(税込)

  by tzucca | 2005-11-06 00:29 | → MOVIE

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