竹ノ塚踏切事故は、保安係員1人の責任ではなくて。

僕の住処は、東武線竹ノ塚駅から少ししたところにあります。
今週、ニュースやワイドショーで話題になった、あの踏切事故の東武線竹ノ塚駅を毎日使っているわけです。
帰宅がたいてい24時をまわってからなので、テレビでどんな報道をしていたかは分かりません。しかし職場で「TZKさんのところでしょ」と話題になって話をきくたび、起きてしまった事故をニュースの慣用句によって情報としてまとめられてしまうことに、フクザツな想いを抱きました。

竹ノ塚という街を東西に分断する線路。行き来するには、徒歩でなら駅を横切ればいいけど、自転車や自動車の場合は踏切を通過しなければなりません。そしてこの踏切が、ピーク時は40分も遮断機が下りたままになる都内でも有数の「開かずの踏切」。
登り電車接近ランプが消えたと思ったら、下り電車接近ランプがつき、ランプが消えないうちにさらにその次の接近警告音が鳴って…。
電車が通過するのは一瞬だけど、その通過を待つ間のイライラの積み重ね。
この踏切の保安係員さんたちは、過密なトラフィックの合間をぬって、人と自転車と車数台が線路を渡りきることができる時間を職人芸的に読んで、手動で遮断機を一瞬開けてくれていました。その行為によって、時間に間に合って助かった、という思いを何度も地域住民はしてきたものです。
ただ、職人芸とはいっても、100%絶対ということはあり得ません。
今回の事故は、絶対に起こしてはならないことを、起きても仕方のない状況を放置してきたことで起きてしまった悲しい事故です。
亡くなってしまった方のご冥福をお祈りしています。そして怪我をされた方の心と体の早い回復を願っております。

電車が接近しているのに遮断機をあげてしまった保安係員が、実名で報道されています。彼の業務上の過失は問われるべきなのですが、彼1人の責任ではないことを、地域住民の多くは知っています。
なぜこの踏切は、人が手動で遮断機をコントロールしなければならなかったか。
なぜこの踏切は、線路の高架化も道路のアンダーパス化もされないのか。
なぜこの踏切によって、街を東西に分断したままにしているのか。

くわしくは、子供の頃からこの地に住んでいた、ゆいのBLOGを読んでください。
「こんな事故が起こってしまった街の歴史や地元商店街とのしがらみなど、この事故の背景には、いろいろな根深い「地元の事情」もからんでいます。」
というゆいの言葉が、重くのしかかります。
多くのBLOGでは、線路の高架化をしなかった東武鉄道を責める言葉も目にしますが、東武鉄道も区も踏切をどうにかすべきだと数年前から動いているんですよね。ただ、都がその事業になかなかGOを出してくれない…。
この経緯について、ゆいが足立区議会の議事録から抜粋をまとめています。

竹ノ塚周辺は、多くの遺跡があって、すでに縄文時代から住宅地だったという古い土地です。鉄道が敷かれ駅ができる前から、西口エリアはすでに街ができあがっていて、東口エリアのように都市整備がされていません。地図をみると、碁盤の目のように整備されたエリアに挟まれて、駅の西口周辺の道の複雑さは、ここに越してきて方向感覚が根付くまで苦労するほどでした。

この不幸な事故がきっかけで、鉄道と街のよりよい未来に向けた都市整備が実現することを願っています。踏切の保安係員1人に責任を押しつけるだけで終わらないことを。

事故から数日経っても、東武電車内では「申し訳ありませんでした」というアナウンスが流れます。踏切周辺には、多くの報道スタッフが地域住民をインタビューしています。そして、たぶん亡くなった方の関係者と思われる黒いスーツの人たちが、踏切に向かって立ちつくしていた姿を電車の窓から目にした時、ひたすら悲しい想いがこみあげてきました。

実は僕自身、20年前、ある踏切で、家族が乗った自動車が電車と接触事故を起こし、母を亡くしました。警報機も遮断機もない田舎の踏切で、線路の左側には杉並木があり、停止線より少し前まで行かないと左右確認が運転席からできない構造になっていました。その場所まで車が入り込んだ時、視界の左側にはもう電車が!あぶないと思った瞬間にはもうぶつかっていました。真夏だったのでクーラーのために窓を閉め切っていなければ、音で気づいたのかもしれません。でもそれは後になって考えればという話で…。
助手席に座って、電車の接近を目前にした僕が、家族の中で比較的軽傷だったのは奇跡でした。意識が戻り、救急車に運ばれる時に見た、線路脇の田んぼに広がった血の池。あれが、母のものだと知らされたのは、数日後でした。
事故から1年経ってその現場を訪れた時、踏切は警報機も遮断機もあるりっぱなものになっていました。道も整備され、地元の方でなくても安心して通れる踏切になっていました。踏切近くに住んでいる方々、父の実家に向かう途中だったので親戚の方々、地元の新聞などが、踏切の危険性を声をあげて訴えてくださいました。
線路脇に花とお線香を捧げている時、目の前を通過していった電車。その時僕らはどんな目をして見ていたのでしょう…。

この事故について、マスコミの一面的な報道ではなく、地域住民の方をはじめとしたいくつかのBLOGから、その背景をよりくわしく知ることができます。
ゆいのBLOGからTBをたどって読むことができます。
マスコミをにぎわす、ライブドア VS ニッポン放送/フジテレビによるインターネットと既存メディアの融合は、たまたま身近な事件によって思い知った報道の一面性を解決する手法に、うまくやればなるのかもしれないとも思いました。うまくやればね…。
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  by tzucca | 2005-03-20 03:45 | → LIFE

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